目次
まえがき
昭明太子
Ⅰ 評伝
第一章 天下は仁に帰す
一 王筠「昭明太子哀策文」
二 美的行文
三 過褒ぎみの美文
第二章 寛容な人がら
一 乾坤一擲の大勝負
二 監国撫軍の日々
三 弟たちとの交流
四 東宮の老師たち
五 気くばり名人
六 曹丕への敬慕
七 文雅をたのしむ貴公子
第三章 君子の文学
一 「示徐州弟詩」
二 とぼしい個性
三 七ジャンルの娯楽性
四「七契」のかたさ
五 君子然とした作風
六 哀悼書翰の卓越
七 君臣をこえた哀悼
第四章 中庸の文学観
一 文質彬彬
二 常識的な発想
三 風教を助くる有り
四 明哲保身
五 明をみて暗をみない
第五章 「文選序」の主張
一 沈思翰藻
二 出色の選集序
三 選録の偏向
第六章 『文選』の編纂
一 王筠のかたり
二 編纂の開始
三 太子のそばで
四 おしよせる困難
五 完成前夜
第七章 とつぜんの死
一 蠟鵝事件
二 玄圃園の後池
Ⅱ 附篇
第八章 「沈思翰藻」の典拠をめぐって
一 文学非文学の弁別
二 卞蘭「賛述太子賦」
三 蕭統の曹丕比擬
四 蕭綱の曹丕比擬
五 創作心理
昭明太子略年譜
簡文帝
Ⅰ 評伝
第九章 土をのむ夢
一 あせる侯景
二 王偉の入れ知恵
三 天子の廃立
四 土嚢による圧死
五 壁にかかれた詩文
六 褒貶決しがたし
第十章 わが家の東阿
一 蕭綱の生まれ
二 少年時の詩文
三 幼にして出鎮
四 徐摛の補佐
五 七励の創作
第十一章 雍州刺史の日々
一 はりきる新刺史
二 北伐の勝利
三 辺塞詩をつくる
四 辺塞詩と艶詩
五 望郷の情
第十二章 とつぜんの立太子
一 友于兄弟
二 廃嫡立庶
三 立太子の内幕
四 班剣をわたす
五 快活な皇太子
六 亡兄の集序
第十三章 精力的な活動
一 政務への尽力
二 学問への関心
三 永明体への共感
四 戯れとしての艶詩
五 『玉台新詠』の編纂
六 兄弟の文学志向
第十四章 不運な晩年
一 侯景の乱
二 蕭綱の奮闘
三 兄弟の不和
四 さまざまな野心
五 艶詩と亡国
六 胆力ある主従
七 運のわるいひと
Ⅱ 附篇
第十五章 息づく叙景─蕭綱詩の美質
一 清麗な叙景
二 雍州での戦争体験
三 息づく詩句
四 艶詩中の叙景
五 息づく美女
簡文帝略年譜
元帝
Ⅰ 評伝
第十六章 文武の道は絶えたり
一 江陵をめざせ
二 梁廷の油断
三 市内突入
四 書物炎上
五 陥落の夜
六 甥の罵倒
七 最期の日々
八 元帝の処刑
第十七章 隻眼の劣等感
一 蕭繹の生まれ
二 母阮修容
三 優秀な兄弟
四 片目の失明
五 隻眼へのからかい
六 つよい劣等感
七 母子一体
第十八章 貪欲な読書魔
一 上昇意欲
二 熱心な読書
三 地方官の日々
四 湘東苑の遊び
五 詩文の腕も達者
六 蕭績への哀悼
七 蕭綱との親交
第十九章 名声と野心
一 名声をめざす
二 著述をめざす
三 劉敬躬の乱
四 母の死
五 野心きざす
六 蕭綸の狼藉
七 西帰内人
第二十章 即位と骨肉の争い
一 救援軍の混乱
二 鬱勃たる野心
三 二甥との戦い
四 西魏の参入
五 蕭紀の野心
六 兄弟対決
七 兵威を逞しくせよ
第二十一章 なぜ書物をやいたか
一 根源は劣等感
二 体面をかざる
三 被害妄想
四 衝動的な焚書
五 名声をあげる道具
六 書物への怒り
七 文化史上の蛮行
Ⅱ 附篇
第二十二章 玄覧賦─あざとい巨篇
一 野心勃々たる巨篇
二 十の章段
三 紀行賦の流れ
四 自信満々
五 国家的規模の自慢
六 漢賦ふう雄大さ
七 ごった煮
八 紀行から言志へ
九 あざとい印象
元帝略年譜
参考文献一覧
あとがき
索引
内容説明
【まえがきより】(抜粋)
本書は、梁武帝(蕭衍)の三人の息子、蕭統、蕭綱、蕭繹をとりあげ、その生涯や人となり、さらに詩文の特色等について、叙したものである。この三人は、政治史でも登場する人物であるが、本書ではもっぱら文学史の立場から記述してみた。
六世紀中国、蕭衍が樹立した梁朝は、南朝文化の最盛期を現出させた。この梁は、仏教が弘通したことで著名だが、文学もたいへん盛行し、この三人の兄弟は、詩人としても、また文人としても、よくしられている。長兄の蕭統(昭明太子)は、『文選』編者としてとくに著名だし、ふたりめの蕭綱(簡文帝)は宮体詩を唱道し、『玉台新詠』編纂を命じたひとである。また最後の蕭繹(元帝)はたいへんな学問ずきで、隻眼でありながらおおくの著作をつづった人物としてしられる。
私はこれまで、六朝やその周辺の文章や文体(ジャンル)などの、作品論あるいはスタイル論ふうの研究に従事してきた。それらのテーマは、やりがいがあり、たいへん興味ぶかいものだったが、しょせんはものに関する研究であり、ひとを相手にしたものではなかった。……今回は研究テーマをすこし変更し、ものでなくひと、とくに文人のほうに移行させてみた。甲という文人が、この世にうまれ、なにごとかをなし、褒貶さまざまに評され、そして死んでいった事跡をたどりつつ、おりおりにつづった詩文を引用して、文学史的な意義や価値を論じてゆく――そうした「ひととその文学」ふうの研究に、はじめて挑戦してみたのである。
最初に手をつけたのは、蕭繹だった。蕭繹は三人中、もっとも劇的な生涯をおくった人物だが、私には、彼の言動やそれをなした理由が理解しやすく、かきやすかったからである。つづいて、蕭統こと昭明太子をとりあげた。彼については、以前から「文選編纂の実態はどうだったのか」の問題に関心があったので、それを中心にかいてみた。三人目の蕭綱には、当初かなり苦労した。彼の人物イメージがつかめず、叙述の方向性がきまらなかったからだ。ただ、彼の晩年(侯景の乱の時期)の事迹をしらべるうちに、「運のわるいひと」という蕭綱像が脳裏にうかんできた。この人物イメージがきまると筆がすすみだし、一気にかきあげることができたのだった。
本書がとりあげた三兄弟は、いずれも文学史上で著名な人物であるが、日本語で手がるによめる評伝ふう研究は、まだ出現していないようだ。本書が、その欠をうめることができれば、たいへんしあわせにおもう。