目次
Ⅰ 文体の種々相
第一章 文体と文体学
一 日本における文体定義 二 中国における文体定義 三 「文体」の意の流動性
四 文体研究の現状 五 本書の概要
第二章 文体の変容
一 ジャンルの不安定さ 二 記録文の文章 三 小説への変容
四 美文への変容 五 押韻の文学性 六 ジャンルの変容の原因
七 ジャンルの決定
第三章 作風の使いわけ
一 作風の多面性 二 作風の使いわけ 三 模倣的創作の効能
四 文は才なり
Ⅱ 修 辞 論
第四章 典故論――揚雄「百官箴」を中心に――
一 典故技法の創始 二 経書の生呑活剥 三 思想的共感にもとづく模擬
四 儒学と王莽政権 五 「百官箴」の文学史上の意義
第五章 対偶論――陸機「弁亡論」を中心に――
一 陸機の天人対比の発想 二 ジャンルごとの叙法使いわけ
三 対偶の説得的機能 四 対偶研究の課題
第六章 助字論――美文における助字の省略――
一 四六リズムと助字 二 「上抗下墜、潜気内転」 三 助字省略の諸相
四 隔句対中の助字省略 五 同字重出の忌避 六 助字による文章診断
Ⅲ 文体各論(両漢)
第七章 詔のジャンル――漢魏の作
を中心に――
一 詔勅の種類 二 前漢の詔(景帝まで) 三 前漢の詔(武帝以後)
四 後漢の詔 五 魏の詔 六 曹操の令
七 文学としての詔勅
第八章 上奏文のジャンル――鄒陽「獄中上書自明」を中心に――
一 上奏文の文学性 二 情緒的説得 三 遊説家としての鄒陽
四 ことばへの信頼 五 賢良三策の論理的説得 六 経書の権威
七 説ジャンルとわが舌
第九章 碑文のジャンル――蔡邕の作を中心に――
一 顕彰の文学 二 碑文と列伝の相違 三 漢代的美文
四 蔡邕碑文の評価 五 碑文の原点
Ⅳ 文体各論(魏晋)
第十章 九錫文のジャンル――潘勖「冊魏公九錫文」を中心に――
一 潘勖の人となり 二 「冊魏公九錫文」の内容 三 策の伝統からの脱却
四 九錫文の典型 五 装飾の美学
第十一章 檄文のジャンル――陳琳の作を中心に――
一 檄の定義 二 軍事上の檄文 三 「為袁紹檄豫州」の特徴
四 「檄呉将校部曲文」の特徴 五 うしろむきの創作
第十二章 誄のジャンル――潘陸の作を中心に――
一 諡縁起の文章 二 揚雄の「元后誄」 三 後漢の誄
四 魏の誄 五 潘岳の誄 六 陸機の誄
七 誄のジャンルの功罪
Ⅴ 文体各論(南朝)
第十三章 序のジャンル――別集序を中心に――
一 序文の起源 二 集序の発生 三 六朝集序の概観
四 「王文憲集序」の文章 五 「陶淵明集序」の文章 六 「昭明太子集序」の文章
七 門閥と集序
第十四章 上書のジャンル――江淹「詣建平王上書」を中心に――
一 「詣建平王上書」の内容 二 故事列挙による説得法 三 模擬的創作
四 「恨賦」との相似 五 江淹文学の本質
第十五章 論難のジャンル――范縝「神滅論」を中心に――
一 論難文の性格 二 論理性重視の措辞 三 古典的連想
四 文意理解のための対偶 五 煩瑣な行文 六 主導的精神の不在
七 講論の盛行 八 社会的地位 九 美文志向
十 瑣末主義の双生児 十一 名理と正義
Ⅵ 美文と詩
第十六章 班固における四言と五言――「漢書述」を中心に――
一 文学としての述 二 述のジャンル 三 詩にちかづいた述
四 述の文学史上の位置 五 四言と五言の使いわけ
第十七章 四言リズムの転進――詩から文へ――
一 四言詩の文への接近 二 文に接近した詩の実例 三 四言リズムの転進
四 詩化した四言韻文 五 文と筆
第十八章 詩と文の融合――六朝美文の到達点――
一 詩と文のあいだ 二 四言韻文の特徴 三 詩に接近した四言韻文
四 詩を凌駕した四言韻文 五 ハレの文学 六 美文の衰微
あとがき/索引
内容説明
【第一章 文体と文体学】より(抜粋)
最近、中国の古典文学研究の世界では、「文体」やその周辺を研究する学問、「文体学」の構築が提唱されている。じっさい近年、この「文体」の語を冠した専門的な研究書が、すでに十指にあまるほど刊行されているし、さらに毎年、それを凌駕する量の専門論文が、つみかさねられている。その意味では、このあたらしい学問の提唱は、必然の動きだといってもよいかもしれない。だが、この文体学なる学問、かんじんの「文体」の内容規定が、現在でもあいまいなままである。文選学(『文選』に関する学問)や紅学(『紅楼夢』に関する学問)において、「文選」や「紅」の意味がよくわからない、ということはありえないが、この文体学においては、そうした学問がありえるのである。これにくわえ、その新学問のめざすべき方向や目的、さらに他の学問領域との線引きなど、なお解決せねばならぬ課題が、いくつかのこっているようだ。・・・・本書でとりあげた「文体」は、スタイルにせよジャンルにせよ、言語表現の根底をなすものである。それゆえ、中国文学だけでなく、他言語の文学を研究するうえでも、共通の土俵になりえるものだといえよう。しかしながら、中国の文体、およびそれに関連した理論は、世界の諸言語における文体や文体理論のなかで、いかなる特色をもち、いかなる位置に分類されるのか――というような、比較文学的な見地からの「文体」研究は、日本ではあまりおこなわれてこなかった。それはおそらく、我われ中国古典文学の研究者が、他言語の研究者にわかりやすいかたちで成果を公表してこなかったことにも、ひとつの原因があるであろう。その意味で、中国古典の「文体」研究を積極的に公表し刊行してゆくのは、グローバルな文体や文体理論の研究を促進するためにも、有意義なことではないかとかんがえる。文体を論じるとなると、すぐ欧米系のstyleやecritureや、その周辺の理論が話題になることがおおいが、それらにくわえて、中国独自の文体や文体理論も俎上にのぼるようになれば、文体に関する研究はよりゆたかになるだろう。本書がその一助になれれば、と念じている。