目次
第一部 『水滸傳』
第一章 『水滸傳』諸本考
一、『水滸傳』本文校勘作業の意義
二、金聖歎本の底本
三、容與堂本・無窮會藏本・遺香堂本・百二十回本の關係
四、嘉靖本
五、嘉靖本と容與堂本・無窮會藏本・百二十回本
六、容與堂系諸本――三つの「容與堂本」と四知館本――
七、『水滸傳』テキストの展開
第二章 『水滸傳』石渠閣補刻本本文の研究
一、石渠閣補刻本に關わる從來の議論
二、石渠閣補刻本の性格
三、石渠閣補刻本の補刻部分
四、石渠閣補刻本の本文
五、石渠閣補刻本と他の版本の關係
六、石渠閣補刻本(京都大學文學研究科圖書館藏本)の價値
第三章 『水滸傳』本文の研究――文學的側面について――
一、『水滸傳』本文の繼承關係
二、本文の變化から何を明らかにしようとするのか
三、『水滸傳』本文の變遷(一)韻文の問題
四、『水滸傳』本文の變遷(二)文面の問題
第四章 『水滸傳』本文の研究――「表記」について――
一、白話文とは
二、「表記」の問題とは
三、表記の模索(一)――新たな文字――
四、表記の模索(二)――適切な表記へ――
五、表記の模索(三)――文法的機能に卽應した書き分け――
(1)liについて
(2)「的」と「得」について
六、結び
第五章 金聖歎本『水滸傳』考
一、金聖歎本について
二、金聖歎は何を行ったのか
三、金聖歎による本文改變①――どのような部分を改變したのか――
四、金聖歎による本文改變②――改變内容――
第二部 『金瓶梅』
第六章 『金瓶梅』成立考
一、『金瓶梅』の特異性
二、『金瓶梅』は何を描こうとしているのか
三、『金瓶梅』創作の目的
四、『金瓶梅』に登場する人々
五、『金瓶梅』と「北虜南倭」
六、『金瓶梅』の作者
終 章
あとがき
索引
内容説明
【本書より】(抜粋)
文學における「近代」はいつ、どのようにして始まるのか。これが、筆者が一貫して追い續けているテーマである。ここでいう文學における「近代」とは、より具體的にいえば、不特定多數の讀者を對象として、特定の作家が作品を創作し、その作品を出版社が印刷技術によって大量複製し、商業的利益を得るという狀況のことである。つまり、「近代」以前の「讀書」は、我々が日常的に行っている讀書とは全く性格の異なるものだったのである。受容側のみではなく、本の作り手の意識においても同様なことがいえる。
本書においては、中國文學における「近代」がどのようにして始まったかを明らかにすることを目指して、そこで最も重要な意味を持っていた二つの作品、『水滸傳』と『金瓶梅』について論じてきた。『金瓶梅』は『水滸傳』の枠組みを借りながら、その價値基準を眞っ向から否定し、武官が文官・宦官・商人と結託し、金と權力に物を言わせて惡事を働く様と、その醜惡な家庭生活を赤裸々に描く。おそらく王世貞もしくはその周邊の人物が、彼らを攻撃するため、彼らが自分たちの主張を擴めるために改編・刊行した『水滸傳』を逆手に取って、その效果を無化すべく、攻擊對象の人々の醜惡な面を徹底的に具體的に描いたのが『金瓶梅』だったのではないかと思われる。『金瓶梅』は、いわば相手の武器を利用して相手を攻擊したのである。ここに、これまで描かれることのなかった人間生活の一面が、初めて具體的に描寫されることになったのである。
『水滸傳』と『金瓶梅』という相反する性格を持つ二つの作品によって、「近代」的な小説が誕生した。それは、必ずしも教養の高くない人々をも含む、不特定多數の讀者を對象とする作品であり、そこには社會のさまざまな階層に属する、さまざまな性格を持つ人々とその生活が、生き生きと描かれていた。それを可能ならしめたのは、『水滸傳』の變遷過程に見られる白話文體確立への飽くなき努力であり、また『金瓶梅』に見られる現實をとことん描きだそうとする精神であった。こうして、多様な讀者層を對象とする多様な小説が刊行され、さまざまな意味でより讀みやすいものとなっていく。中國の文學における「近代」は、こうして始まったのである。
The Study on “Shuihuzhuan” and “Jinpingmei”