目次
第二章 閶門
第三章 山塘
第四章 蘇州の妓女たちの居住地
第五章 山塘の名妓たち
第六章 妓女の技藝
第七章 山塘の船遊び
第八章 三文人の日記から
第九章 蘇州の妓女の遊び
第十章 その後の山塘
終 章 『紅楼夢』から
索 引
内容説明
蘇州だ。わたしは列車の窓に顔を寄せた。
わたしがはじめて中国の土を踏んだ一九七九年、大学三年の春。当時はまだ外国人の個人旅行は認められておらず、大学の中国文学研究室で訪中団を組織して中国へ行ったのであった。北京、天津、済南と巡って、前夜山東省の済南から夜行寝台列車に乗り、最後の訪問地、上海に向かっていた。列車が蘇州の駅に着こうとする手前、ゆるやかなカーブにさしかかったところ、車窓の左側、小高い丘の上に古朴な塔が見えてきた。虎丘の塔である。ああ、蘇州だ。ついに蘇州にやってきた。肌に触れる空気の柔らかさが、華北のそれとはちがっている。江南の地に入ったことを感じた瞬間であった。大学一年の時、明末の蘇州で活躍した文人馮夢龍(一五七四~一六四六)が編んだ短篇白話小説集「三言」の作品を読んで心を打たれ、生涯馮夢龍の本を読んで暮らしていくことを夢見ていたわたしにとって、蘇州はすでにあこがれの地であった。この時にはわずかに汽車の窓から遠望するだけであったが、これがその後今日まで続く、わたしと蘇州の因縁、はじめての出会いであった。……本書では、蘇州の花街であったこの山塘街を中心に、明清時代の蘇州文化の一端をうかがってみたい。まずはこの土地、虎丘、閶門、そして山塘の散策からはじめよう(はじめに)
わたしは、これまで明末清初の蘇州の文学者である馮夢龍を、自分の中国文学研究の中心に据えて、本を読んできた。馮夢龍が編んだ短篇白話小説集「三言」について、また蘇州の民間歌謡集『山歌』についてなど、馮夢龍作品のほか、明末江南の出版文化に関心を持ったのも、馮夢龍が自身多くの書物を出版していたからにほかならない。また、花街や妓女に関心を持つようになったのも、馮夢龍の「三言」や『山歌』に妓女が登場し、また自身、本書の中でも用いた『呉姫百媚』『金陵百媚』などの編纂に関わっていたからである。その馮夢龍は蘇州の人である。蘇州の花街は、自分にとって当然調べなければならないテーマであった。しかしながら、南京秦淮が有名であるのに比べ、一般的に蘇州美人などといわれる割には、蘇州の花街についてはよくわからないのである。蘇州といっても、そもそも花街はどのあたりにあったのか、そこからはじめなければならなかった。四九年の革命後の著作を見ると、そもそも蘇州に花街があったこと自体に触れたがりたくないといった傾向がうかがわれる。しかしながら、蘇州にも、かつて閶門から虎丘に至る山塘街を中心として、優雅な花街が存在した。そして、この『紅楼夢』の冒頭部分がそうであるように、そう思って改めて文学作品を読み直してみると、たしかにいろいろな資料が出てくるのである。それらを発掘しながら、何度も蘇州に足を運び、実際の場所を歩いてみる作業は、この上もなく楽しかった。(終 章)