目次
元刊雑劇全訳校注〔凡例・古杭新刊関目的本李太白貶夜郎・新編関目晉文公火焼介子推〕
語句索引/校勘表〔貶夜郎〕
内容説明
【本書より(抜粋)】
『元刊雑劇三十種』(以下『元刊雑劇』と略称)は、現存最古の元雑劇テキストであるのみならず、中国最古の戯曲刊本であり、更にいえば印刷された戯曲テキストとしては世界最古のものでもある。成立からそれほど隔たらない時期に刊行されたテキストである以上、元雑劇研究においてこの上ない重要性を持つことはいうまでもなく、また言語研究においても、ある程度年代を確定しうる白話資料として貴重な意味を持ち、また最初期の白話文学刊行物であるという点に着目すれば、白話文学の発展や大衆的出版の成立過程を探る上でもかけがえのない価値を有している。しかしこのテキストは、印刷状態が悪く、誤字やあて字が頻出し、また作品によってはセリフが極めて少ないか、もしくは皆無であるため、ストーリー自体を把握することすら困難である例が珍しくないことなどが障害となって、これまで十分に利用されてきたとは言い難い。そこで我々は、中国文学史上屈指の価値を持つこの資料を整理し、内容を可能な限り明らかにすべく、研究会を開催し、その成果を校訂・訳注の形で発表してきた。これは単なる校注作業ではなく、訳注の形を取った研究というべきものであり、注釈において展開している作品の内容や語彙等に関する議論は、研究論文に匹敵する水準にあるといってよい。二〇〇七年に『元刊雑劇の研究―三奪槊・氣英布・西蜀夢・單刀會』を刊行することができた。本書はこれに続く二冊目である。「貶夜郎」とあわせて「介子推」を収めるのは、これも前回がたまたますべて歴史物になったことと同様、両作品に共通点がないわけではない。両者の末尾を見比べればおわかりいただける通り、「貶夜郎」はすべての套数が終わった後に、おそらく李白の亡魂が唱うであろう「散場」と思われる二つの曲牌が付加されており、「介子推」も、曲辞こそ示されていないものの、最後に「祭出」「散場」と記されていて、すべての套数が唱われた後に介子推の亡魂を慰める鎮魂儀礼が行われるものと思われる。つまり両者は、ともに祭祀演劇の体裁を取っているのである。現実問題として、元雑劇がどこまで祭祀演劇として演じられていたかは定かではないが、その起源の一つである鎮魂祭祀の形態を残しているという点で、この二篇は共通する性格を持つ。そして、両者は明代のテキストを持たないという点でも共通するが、これがその祭祀演劇的性格に由来するものと思われることは、前著の解説で述べた通りである。