内容説明
『源平闘諍録』(朱墨2色刷) 室町期写 五冊(巻一之上下・巻五・巻八之上下) 解題:松尾葦江
『平家物語』諸本のうち、増補系に属する一異本として、その特異な書名と共に著名な古写本。著者・筆者未詳。寄合書き。巻一下末尾に建武四年(1337)二月八日、文和四年(1355)三月二十三日の本奥書を存する。本文は一面一〇行。真名書き(変体漢文に、片仮名の送り仮名あり)。書写後、墨・朱による校訂、朱のオコト点あり(朱は巻一之上下と巻八之上のみ)。「秘閣図書之印」(紅葉山文庫蔵書印)あり。『重訂御書籍来歴志』所載。解題において、現在までの『平家物語』の異本としての『源平闘諍録』の研究史を記すと共に、『源平闘諍録』が千葉一族、殊に常胤を嫡流とする一族の功績を強調している点、房総の政治・社会史的背景や妙見説話の成立時期は別にして、『平家物語』自体が十三世紀後半には編纂途中の過程にあったと考えられること、「原平家物語」の成立直後、読み本系的「平家物語」への爆発的拡大、語り本系諸本への分岐があったと考える成立論の立場からすると、本書の成立時期は十三世紀後半から十四世紀前半、本奥書の建武四年(1337)以前であり、現在我々が見る『平家物語』よりも狭い地域、緊密な集団の価値観の中ではぐくまれたとする。更に、現存五巻の「記述の改編」・「記事の略述」、「表記と享受」及び伝来等に関して最新の研究情報を収める。
巻末に詳細な「難読箇所一覧」(山本岳史作成)を附す。
『将門記抜書』『陸奥話記』江戸期写 一冊 全文一筆 解題:小口雅史・遠藤祐太郎
本書は、承平・天慶の乱を扱った『将門記』の抄出本である『将門記抜書』と、前九年合戦を扱った『陸奥話記』とを合綴したものである。冒頭から第一七丁表の一行目までが『将門記抜書』、以後が『陸奥話記』となっている。この『将門記』の抄出本の大きな特色は、真福寺本・片倉本(楊守敬旧蔵本)のいずれにも欠けている、冒頭部を存することである。もちろんこの部分も『将門記』原文からの抄出であって、完全ではないと考えるべきであるが、いずれにせよ、『将門記』の書き出しは、将門の皇胤たる出自を説明するところから始まっていたことが知られる点で重要である。本冊でより注目されるのは、後半の『陸奥話記』の方である。いわゆる前九年合戦(1051~62)に取材した軍記物語であり、その成立年代については、本文最後の記事が康平六年(1063)二月二十五日(『扶桑略記』では同二十七日)であり、同七年二月二十二日の源頼義の帰京(『朝野群載』巻一一・同年三月二十九日付太政官符)を記していないことから、その間に書かれたとみるのが長らく通説であった。しかし同官符によれば、本書中にみえる安倍正任の帰降が同六年五月のことであるから成立の上限は二カ月ほど下方修正されるべきである。あるいは必ずしも頼義帰京の記事がないことを根拠にそれ以前の作と推定する必要はないとし、延久蝦夷合戦(1070)等により北奥社会への特別な関心が向けられた後三条朝(1067~72)に、本書の成立契機を見出そうとする説もある。いずれにせよ前九年合戦終結からそれほど時を置かずに成立したことは確実であるが、現存する諸本はすべて江戸初期を遡らないものばかりであり、成立時期やその原形態がどのようなものであったかについてはなお検討の余地がある。(解題より 抜粋)
解題には、「作者」、「書名」、「内容」、「諸本」、「刊本」等について最新の研究情報を収録する。