目次
解説・凡例
影印・翻字本文・翻字注
語彙索引
卅帖子目録影印・卅帖子目録翻字本文・あとがき
内容説明
【解説より】(抜粋)
「往生要集」は、比叡山延暦寺横川首楞厳院の源信が永観二年(九八四年)十一月に撰集し、翌年四月に筆を擱いた書である。その写本の内、漢文で書かれた現存最古のものが、平安時代(十一世紀後半頃)書写の最明寺本「往生要集」である。本書『高野山西南院藏本往生要集』(『假名書き往生要集』)は断簡(四十二丁)ではあるが、平仮名本の「往生要集」の最古の写本であり、院政期・治承五年(一一八一年)以前に書写されたことがわかっている。財津永次氏(「西南院蔵往生要集断簡」『佛教藝術』第五十七号〈一九六五年〉毎日新聞社)によると、「仮名の書風よりして、(治承五年から)それ程離れたものではない」とされている。
本書『假名書き往生要集』は、現在、『卅帖 子目録』(『三十帖策子目録』)の紙背に書写された形になっているが、書写年代は、『假名書き往生要集』の方が古い。すなわち、『卅帖 子目録』が書写されている料紙は、もともとは『假名書き往生要集』が書写されていた冊子本を解き広げて継ぎ合わせたものであり、その裏に『卅帖 子目録』が書写されたのである。
『卅帖子』(『三十帖策子』・『三十帖冊子』)とは空海が在唐中に唐の
書生等にも手伝わせて筆写したといわれる密教の経典・儀軌の類である。
請来の後、後人により作られたその目録を『卅帖 子目録』あるいは『根本大和尚眞跡策子等目録』という。当該『卅帖 子目録』は、全文ではなく、「第廿一帙」から末尾と推定される部分までの内容が記されている。・・・第十二紙に書かれた奥書には、治承五年壬二月廿二日於嵯峨水本僧房 書冩了 金剛佛子靜幸 とある。この奥書により、『假名書き往生要集』は治承五年以前の書写であることが知られる。
本書、『假名書き往生要集』は漢文訓読の加点本に手を加えたものと考えられ、漢文を易しい平仮名文に改めることにより、広く、女性や子供も「往生要集」を享受することができるようにするという目的で書かれたものであろう。十二世紀に使われていた言葉の姿が立ち現れている本書は、文学研究のみならず、国語学的にいっても貴重な資料になりうるものと考えられる。
【本書の構成・特色】(凡例より)
◇影印・翻字本文ともに原本の順序を正して収録した。
◇翻字本文では、原文の左傍に漢字を宛て、原文が歴史的仮名遣いと異な
る場合は、右傍に注記した。
◇語彙索引は、本文に用いられたすべての語彙を和語・字音語を区別せず
に五十音順に配列した。
◇原本の表の『卅帖 子目録』は、巻末に影印と翻字本文を附した。