目次
第1 章 粤劇の祭祀環境
Ⅰ 広東宗族祭祀の儒礼性
問題の所在〔寝室前の迎神賛礼/中堂賛礼/神位回送の礼〕/村落祭祀における儒礼の浸透 〔神誕祭祀/建醮祭祀(縉耆の諸神に対する儒礼儀式/道士儀礼の儒礼化)〕/宗祠儀礼における 演劇の導入〔新年団拝の祀祖演劇/進主入祀の演劇/中試祝賀の謁祖演劇〕
Ⅱ 太平清醮の構造
準備段階/設営段階/執行段階〔陰気の抑制/陽気の注入〕
Ⅲ 香港の英雄祠と英雄祭祀
問題の所在/英雄祭祀の重視〔朝廷/村落〕/英雄祭祀の儀礼/中国辺境地区での英雄劇の
残存〔小姓雑居/シャーマニズムの習俗〕
Ⅳ 広東太平清醮に見えるイスラム商人の影
問題の所在/広東郷村祭祀の中の説唱儀礼/小幽に登場する売雑貨――イスラム商人/西北
回民と広東小幽売雑貨の関係/江南地区流行歌謡“売雑貨”との背景
Ⅴ 図甲制と村落祭祀の関係
広東村落の図甲制/新界宗族村落に見える図甲制の痕跡/新界宗族の太平清醮における図甲
制の影響
第2 章 粤劇の発生・展開・伝播
Ⅰ 早期酬神粤劇演出小史
広州外江班の歴史/広州本地班の歴史
Ⅱ 民国初期より1930年代
吉慶公所のギルド規約〔公所と戯班の関係/公所と顧客の関係/戯班と顧客の関係/戯班と
俳優の関係〕/戯船の行動範囲/清末民初の粤劇の変遷
Ⅲ 粤劇の戯神
贛粤系田竇二将軍/田竇元帥から田都元帥への転生
Ⅳ 南洋の粤劇
シンガポール・摩士(モスク)街/シンガポール・牛車水/ペナン・大順街
第3 章 香港の粤劇
Ⅰ 香港の祭祀演劇 Ⅱ 香港粤劇の祭祀拠点分布
Ⅲ 粤劇劇団の構成 Ⅳ 香港粤劇の劇作家
Ⅴ 香港粤劇の俳優
正印文武生〔【林家声】/【羽佳】/【文千歳】/【羅家英】/【龍剣笙】(女)/【梁漢威】〕
正印花旦〔【呉君麗】/【陳好逑】/【南紅】/【李宝瑩】/【梅雪詩】〕
Ⅵ 香港粤劇の儀礼演目〔【祭白虎】/【八仙大賀寿】/【小賀寿】/【跳男加官】ほか 〕
Ⅶ 香港粤劇の流行演目〔【帝女花】/【征袍還金粉】/【鳳閣恩仇未了情】ほか〕
Ⅷ 香港粤劇の劇本(文辞挙例)〔【鳳閣恩仇未了情】/【紅了桜桃砕了心】〕
第4 章 粤劇100種梗概
〔【宝蓮灯】(神話)/【盤龍令】(別名【蟠龍令】)(神話)/【柳毅伝書】(神話)ほか〕
総 結 粤劇の特徴――俠艶
附 録
香港粤劇団上演表(1979-1988)/香港粤劇上演回数順位表(1979-1988)/麦嘯霞(1903-
1941)『広東戯劇史略』所載粤劇演目表(主演者別)/広東の戯船について/【参考資料目録】
あとがき 索 引
内容説明
【前言より】(抜粋)
まず、本書の書名【香港粤劇研究――珠江デルタにおける祭祀演劇の伝承――】について、説明する。戦前においては、粤劇の劇団は、広州、香港、澳門のいわゆる「省港澳」を自由に移動して、共通の劇目を演じてきたが、新中国成立後は、広州と香港・澳門は分断され、広州の粤劇は、政府の「破四旧」の方針のもと、封建制の残滓とみなされた劇目が淘汰され、所謂、改良劇目のみが上演されるに至った。これに対して、香港、澳門の粤劇は、政治の影響を受けることなく、旧来の伝統を維持し続けた。かくして両地の粤劇は、はなはだしく面目を異にするに至った。本書が研究の対象としたのは、大陸の改良粤劇ではなく、旧来の伝統を保っている香港粤劇の方である。書名にあえて「香港粤劇」と称したのは、大陸粤劇と区別する必要があったからである。また副題に「珠江デルタにおける祭祀演劇の伝承」と題したのは、旧社会の慣行である祭祀演劇が大陸では、「宗教迷信」として禁止されて消滅し、香港地区のみに生き残ったからである。香港では、粤劇団は、劇場での上演のみならず、域内の80以上にものぼる郷村において、神に献上する祭祀の一部として粤劇を演じている。其の年間上演日数は、300日に達する。劇場演劇をしのぐ日数であり、劇団と俳優は、これに依存して生活している。この点においても、香港粤劇は、戦前からの祭祀演劇の伝統を継承している。つまり、演劇の環境、機能、劇団、俳優、劇目、劇本のすべてにわたり、戦前と変わらぬ自由主義経済という大状況を背景として、香港粤劇は、今日まで伝統を守り続けてきたと言えるのである。