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賈島研究

賈島研究

◎日中研究者の最新論攷と賈島詩の訳註から賈島文学の魅力に迫る!

著者 愛甲 弘志
加藤 聰
ジャンル 中国古典(文学)
中国古典(文学) > 唐宋元
出版年月日 2021/03/31
ISBN 9784762966798
判型・ページ数 A5・480ページ
定価 13,200円(本体12,000円+税)
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき (愛甲弘志)


〈論攷篇〉

貞元詩壇――大曆與元和之間的承變――
〔貞元詩壇──大暦と元和の間における継承と変革――〕 (羅 時進)

格僻・語新・體拗──談談賈島五言律詩的三大特點――
〔幽僻なる風格・新たなる詩語・拗対という詩体
──賈島の五言律詩における三つの特徴について――〕 (齊 文榜)

坐禪與吟詩──賈島的佛禪因緣――
〔座禅と吟詩──賈島の禅宗との因縁――〕 (周 裕鍇)

中晚唐詩的重新寫定〔中晩唐詩の再校定〕 (陳 尚君)

賈島と韓愈 (齋藤 茂)

賈島とその時代 (愛甲弘志)

賈島の詩におけるかそけき生の描出──静謐空間の演出をめぐって── (中木 愛)

本邦中古・中世における賈島の受容 (加藤 聰)


〈訳註篇〉

目録
凡例
賈島詩譯註巻一(作品番号001─029)
賈島詩譯註巻二(作品番号030─060)
あとがき(加藤 聰)

附録 賈島作品番号表
訳註篇語釈語彙索引

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内容説明

【まえがき より】(抜粋)
 本書は「論攷篇」と「訳註篇」の二部に分かれている。前半の「論攷篇」は、日中八人の研究者の賈島に関する研究成果であり、中晩唐という時代背景、賈島の詩歌、文学思想、唐詩のテキストといったテーマについて論じているが、それらは中国語と日本語の表記言語の違いによって配しているにすぎない。ここでは順序は異なるが、テーマに即して些か紹介してみることにする。
 羅時進氏の「貞元詩壇──大曆與元和之間的承變──(貞元詩壇──大暦と元和の間における継承と変革──)」は、中唐文学に於ける貞元詩壇の意義を問うたものである。中唐文学の代名詞ともいえる元和期の文学は、直ちに大暦期の詩人たちからの継承ということで論じられることが多かったが、羅氏は大暦と元和の間に位置する、徳宗の貞元詩壇のありようを台閣文学や江南の地(潤州・蘇州・湖州)との関係などの分析から、いかにこの時期が元和文学の勃興に寄与するものであったかを論証する。
 愛甲の「賈島とその時代」は、賈島が都長安で長らく不遇をかこっていた頃の文学の風潮について、時の詩壇の重鎮であった李益を取り上げ、彼らの詩風が賈島の文学にいかに影響を与えていたかを論じる。そしてまた当時の詩会の盛行に見られるように、この時代の文学を支えていた有名無名な詩人たちが賈島の詩を後世へと繋いでいったことを明らかにしようとしたものである。
 齋藤茂氏の「賈島と韓愈」は、賈島の文学を考える上で避けて通れない韓愈との関わりについて論じる。その韓愈に賈島がいつ頃出会ったかということについても賈島の文学形成を正しく了解する上でも大きな意味を持つものであるが、賈島の091「黄子陂にて韓吏部に上る」詩(巻三)の冒頭の二句「石樓云一別、二十二三春(石楼 云に一別し、二十二三春)」と、韓愈の「無本師の范陽に帰るを送る」詩の「始見洛陽春、桃枝綴紅糝(始めて見ゆ 洛陽の春、桃枝 紅糝を綴る)」との時間的整合性において、李嘉言と岑仲勉の両碩学がそれぞれ持論を展開しても、なお得心のゆかないものがあった。ここで齋藤氏が「石樓」についての新たな解釈を提示しているのはこれに一石を投ずるものがあるといえる。さらに齋藤氏は、賈島の詩について「孟郊が『骨』とか『瘦』と表現したのは、その詩の持つ先鋭さ、華美さを削ぎ落とした強さであった。しかし後代は、貧寒を詠う作品のイメージに影響され、蘇軾の『郊寒島瘦』の評語とも相俟って、詩の持つ力強さを見落とし、表面的に寒瘦な詩風と見るに至ったのである」と論ずるのは、初期の頃に見られる古詩についてのみならず、賈島の詩でもっとも評価されている五言律詩の本質にも迫る分析であるといえよう。 
 中木愛氏の「賈島の詩におけるかそけき生の描写」は、その副題に「静謐空間の演出をめぐって」とあるように、螢・蛇・蟻など小さな生き物の描写に於ける賈島詩独自の意匠を解明せんとしたものである。賈島詩の特徴については、前掲の聞一多によって概ね押さえられた感があるが、中木氏は旧来の用法との違いを精査しつつ、賈島が「自然界の一角(一瞬)を凝視」し、「素材として特異であるにも関わらず、なんら奇抜な印象を与え」ず、「不気味さを抜き取って静謐で清らかな世界へと導」いていると論じ、さらに賈島詩の核心に迫ろうとする。
 斉文榜氏の「格僻 語新 體拗──談談賈島五言律詩的三大特點──(幽僻なる風格 新たなる詩語 拗対という詩体──賈島の五言詩における三つの特徴について──)」は、四百首ほどの賈島詩の内、約二百四十首を占める五言律詩が賈島の主な成果とみて、それらの意象、意境、風格について分析したものである。
 周裕鍇氏の「坐禪與吟詩──賈島的佛禪因緣──(坐禅と吟詩──賈島の禅宗との因縁──)」は、嘗て無本という法名であった賈島の詩歌に及ぼした南宗禅の影響について論じたものである。
 加藤聰氏の「本邦中古・中世における賈島の受容」は、これまで殆ど手の着けられることのなかった領域を切り拓いたものである。『土佐日記』や『太平記』、そして五山の禅僧の文献から博捜せる関連記事は、「推敲」などの賈島に纏わる本事のみならず、例えば、賈島詩に詠まれる「暁鐘」という詩語にまで及び、そしてそれが転化されて用いられているという意象論にまで踏み込んでいる。加藤氏の論考は、中世までの賈島及びその詩の日本人の受容について、より確かな俯瞰を可能にした作といえる。
 陳尚君氏の「中晩唐詩的重新寫定(中晩唐詩の再校定)」は、直接には賈島に関係するものではないが、唐代文学を研究する者にとって、至って有益にして貴重な内容のものである。……陳氏はこれまで『全唐詩補篇』及び『全唐五代詩』などの編纂作業に携わってきた経験から得られた数多くの知見を以て、近刊予定の『唐五代詩全編』編纂にあたり設定された目標や校定方法について中晩唐の詩を例として具に紹介しているが、本書「訳註篇」に於いて、『永楽大典』『詩淵』『唐詩品彙』を校勘の対象に加えたのも陳氏によってもたらされた貴重な知見の恩恵に与っている。
 後半の「訳註篇」は、賈島の『長江集』全十巻の内、第一巻と第二巻(全六十首)の訳と注釈である。これらの詩の訳註については、二〇一四年の『中唐文學會報』第二一号所収『賈島詩譯(1)』から二〇一七年の同学会報第二四号所収『賈島詩譯註(4)』までのものと重なっている。その『中唐文學會報』に訳註を掲載するにあたっても、東山之會での輪読会を経て、各訳註担当者が改めて清書提出したものについて、さらに編集者による検討会も行っている。賈島の詩に訳註を施すにあたって先人の注釈書はありがたいものであったし、わたしたちはなんとかそれを越えたいという意欲をもってその訳註作業に臨んだつもりである。よってその時点で訳註としてはほぼ満足できるものという自負があったが、この度、改めてそれらを読み返してみると、かような自負はもろくも砕けてしまった。その理由に先ずわたしたちの力不足を認めねばならない。しかしまた敢えて言い訳がましい弁解をさせてもらえるならば、より深い読みを可能にする余地を与えている、それが賈島詩の魅力なのではないだろうかと。折しも彼の中国でも斉文榜氏が『賈島集校注』(人民文学出版社 二〇〇一)の改訂増補版を昨年末に上梓された。これもわたしたちと同様に更なる高みを目指してゆこうとする斉氏の意志の表れであろう。本書が同学の士にとって賈島詩のより深い読みのための足掛かりとならんことを願うばかりである。

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