目次
第1章 中国における冰心研究の概観
第1節 「興隆期」から「沈黙期」へ――創作初期(1919年)-1930年代
第2節 「低迷期」――1940-1978
第3節 「転換期」――1979(改革開放初期)-1989
第4節 「新紀元」――1990年代以降
第2章 冰心の日本への旅と日本における冰心研究の概観
第1節 冰心の日本への旅
第2節 日本における冰心とその作品に対する評価――1920-1940年代
第3節 冰心作品の日本への伝播――冰心の日本滞在時期(1946-1951)を中心に
第4節 日本における冰心研究の「低迷期」――1950-1980年代
第5節 冰心研究の新光景――1990年代以降
第3章 冰心の初期の女性観――冰心の「問題小説」を通して
第1節 「問題小説」の文学史的な定義
第2節 冰心の「問題小説」が誕生した要因――中国の教育制度に即して
第3節 冰心の「新良妻賢母論」――胡適の「超良妻賢母論」との比較を通して
第4節 女性の運命――「死」がもたらす意義
第4章 生命の意義を考える冰心
第1節 青年の煩悶
第2節 冰心の葛藤――「血と涙の文学」に直面して
第5章 冰心の結婚観――独身主義女性を中心に
第1節 「ノラ」の中国における変容
第2節 独身主義女性の中国における生活
第3節 冰心の婚姻に対する考え方
第4節 試論:冰心の理想的な女性像における認識変遷――「両個家庭」から『愛神之火』へ
結 論
冰心研究に関する主な参考文献と資料
付録1 冰心佚文一覧
付録2 冰心の家系略図
付録3 中国におけるミッションスクール(大学)の発展
付録4 燕京大学の設立経緯
付録5 冰心作品の和訳
(1)「秋雨秋風愁殺人」(「秋雨秋風人を愁殺す」)
(2)「荘鴻的姊姊」(「荘鴻の姉」)
(3)「最後的安息」(「最後の安らぎ」)
(4)「是誰断送了你」(「誰がお前を殺したんだ」)
(5)「西風」(「西風」)
あとがき・人名索引
内容説明
序論】より
冰心(1900-1999、日本では「謝冰心」と呼ばれている)は中国の著名な女性作家である。彼女は一生を人類、国家、民族、教育などの問題についての研究に捧げた。……特に創作初期に発表された「問題小説」の中で、社会変革の中におかれた青年男女が直面する一連の問題および彼らの悩みは、多くの読者に普遍的な共感を呼んだ。……長い間、冰心の作品は一部の学者に「家庭的で、社会性に欠けている」、と評された。
また冰心本人に対する批判は「お嬢様の代表」、「成長しない娘」などのステレオタイプの言説にとどまっていた。特に1920年代中頃から改革開放(1978年)の実施まで、苛酷な歴史および極端な社会的理念の束縛などが原因で、冰心が高く揚げた「愛の旗」は終始誤解され、非難を浴びせられた。学者は冰心の作品を研究対象から外し、学術的な観点から本格的に研究を展開しなかった。丁玲は建国後に、冰心が「真の『五四』精神を持たなかった」、と評した。中国国内のこれら冰心作品に対する低い評価は、一衣帯水の日本の冰心研究に影響した。……本研究では、1920、30年代の時代背景をできるだけ入念に調べ、冰心の社会性を改めて考える。主として、中国と日本における冰心の研究成果、特徴および問題点を概観する。その上で、冰心の早期の「問題小説」を女性の教育と労働の視点から読み直し、彼女が大学時代に作品の中で取り上げた「自殺問題」を通して、彼女の文学者像を追究する。また彼女自身の婚姻に結び付けて、独身主義女性に関する認識、表現方法などを総合的に分析する。最後には冰心の心の中の理想的な女性像の変遷を検討する。……すなわち本論は、冰心の社会性、彼女の「真」の文学の表現方法・意義、彼女が一人の女性知識人、一人の作家として果たした役割を、作品を通して改めて考える。さらに、経済発展に精力を集中する現代中国において、「冰心の精神」が果たしうる役割の可能性および冰心の女性観が現代社会にもたらす意義を考える。