目次
第一部 懐徳堂の孝子顕彰運動
第一章 中井甃庵・五井蘭洲の孝子顕彰運動
〔喪祭私説/とはずがたり/富貴村良農事状/五孝子伝/武蔵の孝子図記の序/茗話〕
第二章 中井竹山・中井履軒の孝子顕彰運動(上)
〔子華孝状・稲垣浅之丞純孝記録/孝子義兵衛記録・かはしまものかたり/昔の旅〕
第三章 中井竹山・中井履軒の孝子顕彰運動(下)
〔よしはら物語/熊馬二童伝/孝子万吉小伝/錫類紀/孝三伝/蒙養篇〕
第四章 懐徳堂と儒者ネットワーク
〔地域的広がり/歴史的広がり/三位一体の顕彰運動〕
第二部 近世以前における孝観念
第一章 堕獄をモチーフとする孝不孝譚に現れた親の慈愛
〔堕獄した親を救う孝行譚/不孝の子が堕獄する不孝譚〕
第二章 孝としての近親相姦
〔「母―子」関係/「父―娘」関係〕
第三章 生日における孝の系譜
〔近世誕生日研究の現況/母の出産の苦労を偲ぶ日としての誕生日/観念の来源/現代への系譜〕
第四章 孝行譚における「乳」
〔「乳」の母性象徴/孝行譚・慈愛譚に見える「乳」/男が乳を出す話〕
第三部 近現代における孝観念
第一章 近代孝子伝の一形態
〔乃木希典/伊藤博文/両伝撰書の理由と背景/時代性からみた両伝の特徴〕
第二章 『大正徳行録』に表れた孝子・節婦・奇特
〔撰書目的/『大正徳行録』全体の分析/植民地部の特徴〕
第三章 現代日本における孝意識
〔現代孝意識の分析/別居成年子を読者対象とする理由/儒教的価値観における孝との比較〕
第四部 懐徳堂の孝子顕彰運動とその後
第一章 元文の五孝子関連文献及び森鷗外『最後の一句』の解釈について
〔かつらや事件記載資料/甲群/乙群/丙群/資料の踏襲関係からみた『最後の一句』解釈〕
第二章 孝子義兵衛関連文献と懐徳堂との間
〔懐徳堂による義兵衛伝と『西岡孝子儀兵衛行状聞書』/竹山の詩と『愉婉録』/その後の義兵衛と懐徳堂関係者〕
初出一覧/あとがき/索引
内容説明
【序章 より】(抜粋)
懐徳堂とは、享保九年(一七二四)の大坂において、五同志とよばれる大坂の有力町人たちによって創設された漢学塾である。(中略)
「官」に縛られぬ「民」の性質を併せ持つ懐徳堂は、官命によらないさまざまな活動を独自に行なっているが、特に目を引くのが、孝子顕彰運動である。近世、孝子をはじめとするさまざまな徳行者を顕彰することは、幕府や藩といった為政者から一儒者といった個人に到るまで、さまざまな主体によって行なわれていたが、懐徳堂は教授陣の個人的な活動を越えて、学校単位でこの孝子顕彰運動に取り組んでいた。当時、関西を訪れる知識人は必ず懐徳堂に立ち寄ったとされ、手紙のやり取りなども含め、懐徳堂は全国の儒者間におけるネットワークのハブともいえる存在であった。孝子顕彰運動は、懐徳堂の特徴的な活動であるとともに、こうした儒者ネットワークにおける主要な関心事であり、また孝子の情報や作成された孝子評伝のやり取りなどが、このネットワークそのものを構成・維持していたという一面を指摘することができる。
本書は、懐徳堂が行なってきた孝子顕彰運動について、その全体像を明らかにすることを目的としている。懐徳堂による孝子顕彰運動は、多く(一)募金活動による孝子の生活援助、(二)評伝作成による顕彰と民衆教化、(三)お上への言上と褒賞の要請といった形をとる。
そこで本書では、懐徳堂による孝子顕彰運動の様態や意義、及び評伝の内容について分析するとともに、その顕彰対象である孝に関して、本朝においてどのような観念が成立・展開していたのかについて考察を加えた。