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江戸文人と明清楽

江戸文人と明清楽

江戸文人はどうして中国の俗文化を受け容れたのか、その社会的・思想的背景を具体的に探る!

著者 中尾 友香梨
ジャンル 日本古典(文学) > 近世文学 > 漢詩文集
出版年月日 2010/02/26
ISBN 9784762935763
判型・ページ数 A5・406ページ
定価 11,000円(本体10,000円+税)
在庫 在庫あり
 

内容説明

【序章】より

長崎には「明清楽」と称する異国風の音楽が伝承されている。江戸時代に海を越えて中国から伝来したこの音楽は、日本に地で根を下ろし、花を開き、いつしか日本の伝統音楽の一つとして定着した。いわゆる「鎖国」の外交政策の下、彼の地を踏むこと適わぬ唐土に対して旺盛な好奇心と興味を抱いていた当時の人々に、夢とロマンを与えた明清楽は、華音(中国語の発音)の歌と異国情緒あふれるメロディーおよびユニークな楽器ゆえに、当時の人々にこよなく愛された。坂本竜馬の妻お竜が竜馬にせがんで長崎へ同行し、明清楽の代表的な楽器である月琴の稽古に励んだことも、今やすっかり有名な話である。

明清楽はもともと「明楽」と「清楽」の総称である。文字どおり「明楽」は明の音楽、「清楽」は清の音楽を指す。両者は本来異なる系統の音楽であるため、厳密には区別して考えるべきであるが、明治初期の清楽演奏家たちが明楽曲の一部を清楽演奏のレパートリーに取り入れたため、合わせて「明清楽」と称するようになった。後に明楽は殆ど衰退したが、「明清楽」という呼称はそのまま定着し、実質的に「清楽」を指して言うことが多くなった。

本書は、明清楽を単に「音楽」という一つの専門領域の中だけで捉えるのではなく、江戸時代における外来文化の受容という大きな枠組みの中でこれを捉え、この外来文化に対する江戸文人の反応と受容を主軸にすえて、論を展開しようとするものである。

第一章では、魏氏由緒書の写しおよび関連資料を読み解くことにより、江戸中期に明楽を日本に伝えた魏之琰と彼の明楽を世に広めた四代目の魏皓の事跡を整理する。続いて刊本『魏氏楽譜』の序跋を読み解くことにより、魏皓が京都で交わった文人・儒者らと明楽との関わりについて考察する。

第二章では、東京芸術大学附属図書館蔵の六巻本『魏氏楽譜』を精査し、その内容と構成を明らかにする。

第三章では、魏皓の庇護者であった姫路藩主酒井家と明楽との関係について考察する。姫路藩邸で行われた明楽に関する記録を、江戸後期の文人たちの筆記などから拾い上げ、明楽演奏の実態に迫る。また、酒井家の明楽譜であったと目される天理大学附属天理図書館蔵『明楽唱号』と六巻本『魏氏楽譜』を比較することにより、姫路藩主酒井家の明楽と魏氏楽との関係を究明する。

第四章では、清楽を日本に伝えた清客たちについて述べ、彼らが清楽を将来した背景に明清時代の中国江南地域における民間俗曲と地方劇の流行があったことを明らかにする。そしてこれらの民間芸能が日本に伝来した後、文人騒客をはじめ幅広い階層の人々に嗜まれた理由の一つとして、その「雅俗共賞」の性質に迫る。

第五章では、筑前の大儒亀井昭陽をとりあげ、彼と清楽との関わりについて論じる。亀井昭陽は謹厳実直な儒者として名高いが、遠山荷塘との出会いにより、清楽に多大な関心を寄せるようになる。そして詩文や書簡にも清楽に関する記録を多く残したが、これらの資料を読み解くことにより、亀井昭陽とその周囲の人々が如何に清楽に親しんだか、またなぜ彼らはここまで清楽に魅了されたのか、その理由に迫る。

第六章では、長崎の清楽を三都およびその他の地域に伝えた長崎帰りの文人騒客たちについて述べる。彼らは長崎で清客や唐通事について中国の詩書画を学ぶと同時に、余技として清楽を身につけ、これをモダンな中国文化の一つとして江戸・京坂をはじめその他の地域に広めた。本書では従来よりその名が知られている遠山荷塘・亀齢軒斗遠のほかに、殆ど事跡が明らかになっていなかった大島松洲と大島秋琴についても紹介する。

第七章では、江戸文人と清楽の関わりについて述べる。・・・・清楽が流行を見せ始めた化政期頃から天保年間にかけて、文人たちの詩文にはしばしば清楽が登場するが、中国よりもたらされたこの俗楽を当時の文人たちが如何に受け止めたかは極めて興味深いことである。なぜならそれは、中国の俗文化に対する江戸文人の受容のあり方を反映するものでもあるからである。

終章では、明清楽の流行が決して単に江戸文人の中華趣味に止まるものではなく、彼らの思想背景およびそれによって左右される当時の社会動向とも密接に連動していたことを指摘する。またそれは、日本の知識階級の中国に対する認識がそれまでよりも格段に深まり、もはや中国の上層階級による文字化された雅文化だけでなく、庶民階層の俗文化をも含む中国文化全体を、トータルで理解しようとした態度の現れでもあったことについて論ずる。

 

【内容目次】

序 章

 第一節 明楽と清楽   

 第二節 先行研究の整理   

 第三節 本研究の意図

第一章 江戸時代の明楽と『魏氏楽譜』

 第一節 明楽を伝えた魏之琰 (一)二つの「由緒書」/

     (二)魏之琰と朱舜水

 第二節 明楽を広めた魏

 第三節 刊本『魏氏楽譜』の序跋

 (一)竜草廬の「魏氏楽譜叙」/(二)関世美の「魏氏楽譜序」/(三)宮崎筠圃の「書魏氏楽譜後」/(四)岡崎廬門の跋

第二章 東京芸術大学附属図書館蔵六巻本『魏氏楽譜』 

 第一節 六巻本『魏氏楽譜』 

 第二節 六巻本『魏氏楽譜』と『楽府渾成』 

   第三節 六巻本『魏氏楽譜』と『草堂詩余』

第三章 姫路藩主酒井家の明楽と『明楽唱号』

 第一節 姫路藩主酒井家の明楽 

 第二節 『明楽唱号』と『魏氏楽譜』 

 第三節 『明楽唱号』と投壺

 第四節 『明楽唱号』と琴楽  

  第五節 『明楽唱号』と明代小曲

第四章 清楽と時調小曲

 第一節 清楽を伝えた清客たち

 第二節 明清の江南地域における時調小曲の流行

   (一)明代中期に始まった時調小曲の流行/

  (二)清代の江南地域における時調小曲の盛行

 第三節 雅俗共賞の時調小曲と清楽

第五章 亀井昭陽を魅了した清楽

 第一節 清楽との出会い 

 第二節 亀井家の人々と清楽 

  第三節 亀井昭陽が清楽を好んだ理由

第六章 清楽を広めた文人騒客

 第一節 遠山荷塘 

  第二節 大島松洲 

  第三節 亀齢軒斗遠 第四節 大島秋琴

第七章 江戸文人と清楽

 第一節 漢詩に詠まれた清楽

 (一)武元登々庵/(二)頼 陽/(三)田能村竹田/

  (四)中島棕隠/(五)広瀬旭荘

 第二節 梁川星巖の清楽批判 

  第三節 武富圯南と清楽

終 章

附録一 江戸時代の明楽における五更曲の復元 

附録二 九州大学濱文庫の明清楽資料について

附録三 清楽曲の歌辞と翻訳

初出一覧/あとがき/索  引

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