目次
第一部 続・満洲国の阿片専売
はじめに
第一章 阿片・麻薬癮者の警察登録と阿片零売所の公営化
第一節 阿片・麻薬癮者の警察登録
第二節 阿片法・麻薬法違反の検挙と癮者登録数の増加
第三節 阿片零売所の公営化
第四節 一向にすすまない戒煙所建設
第二章 阿片麻薬専売特別会計の事業成績
第一節 一九三八年度の阿片麻薬専売特別会計の事業成績
第二節 一九三九年度の阿片麻薬専売特別会計の事業成績
第三章 満洲産業開発五カ年計画と熱河阿片の華北流出
第一節 満洲産業開発五カ年計画
第二節 対華北負債増大と熱河阿片の華北流出
第四章 禁煙総局の設立と阿片・麻薬癮者の矯治
第一節 禁煙総局の設立
第二節 「阿片麻薬断禁強化方策要綱」と阿片・麻薬癮者の矯治
第三節 禁煙総局による阿片・麻薬癮者矯治の開始
第四節 暗転――関東軍特別大演習(関特演)
第五節 東光剤の発明
第五章 太平洋戦争下の満洲国の阿片専売
第一節 地方にふたたび禁煙特別会計を設置
第二節 一九四二年度の売上成績の向上
第六章 集団栽培による阿片の増産
第一節 太平洋戦争勃発後の満洲国の阿片政策
第二節 開魯県における阿片集団栽培
第三節 阿片集団栽培を奉天・吉林・四平三省へ広げる
第四節 一九四三年度の集団栽培の成績
第七章 阿片・麻薬癮者の労務動員
第一節 労務動員計画による阿片・麻薬癮者の強制動員
第二節 一九四三年度の阿片・麻薬癮者の強制就労
第三節 一九四四年度の阿片・麻薬癮者の強制就労
第四節 一九四五年度の阿片・麻薬癮者の強制就労
終 章 満洲国阿片専売の終焉
あとがき
第二部 山像虎興回顧録――満洲国阿片専売私記
第一章 青少年時代から渡満まで
第一節 青少年時代
第二節 長崎医科大学における学生時代
第三節 入営から渡満まで
第二章 陸軍特別情報員として渡満
第一節 王道楽土・満洲国の現実
第二節 吉林省のゲリラ地帯調査
第三節 黒龍江省の政情
第三章 国立チチハル戒煙所
第一節 満洲国の阿片問題
第二節 国立チチハル戒煙所の設立
第三節 薬物依存症の治療
第四章 阿片専売制度の改革
第一節 龍江省の人事一新
第二節 龍江省の阿片麻薬撲滅方針の作成
第三節 モデル県(富裕県)における阿片零売所の公営化
第五章 「阿片断禁方策要綱」(十カ年阿片断禁計画)
第一節 「阿片断禁方策要綱」の制定
第二節 指導力のない民生部保健司
第三節 龍江省で阿片零売所の県旗移管を実施
第六章 禁煙総局の設立
第一節 吉林省へ転任
第二節 禁煙総局設置をめぐる思惑
第三節 「阿片麻薬断禁強化方策要綱」の制定
第七章 興安西省・錦州省における医療・衛生問題
第一節 興安西省における医療・衛生事業
第二節 興安西省における阿片集団栽培
第三節 錦州医学院の設立
第八章 敗戦から日本帰国まで
第一節 敗戦後の新京における日本人の医療・衛生問題
第二節 長春市日僑善後連絡所の在留邦人引揚げ事業
あとがき(山像虎興)
解 説(森 久男)
内容説明
本書は、『満州国の阿片専売』(2002年、汲古書院)の続編である。著者山田豪一の未定稿を森久男愛知大学名誉教授が校閲し、詳細な解説を付して公刊するものである。第二部に、満洲国民生部禁煙総局の官吏として、阿片断禁政策の最前線で実務を担当した山像虎興氏の回顧録を収録し、歴史の当事者しか知りえない内部情報を豊富に収録する。本書により、満州国の阿片専売研究は新たな展開を迎えることになる。
【解説 より】(抜粋)
1『続・満洲国の阿片専売』が出版に至った経緯
山田豪一氏は日本植民地・日本軍占領地阿片史研究の第一人者で、二〇〇二年に『満洲国の阿片専売――「わが満蒙の特殊権益」の研究』を汲古書院から上梓して、東アジア近現代史を研究している人々から大きな注目を浴びている。(中略)しかし、同書の満洲国阿片専売に関する考察範囲は、日中戦争が勃発した一九三七年までの前半期で中断しており、一九三八〜四五年の後半期については、続編の課題として残されている。
当初、山田氏は満洲事変から満洲国終焉までの包括的な満洲国阿片専売史の執筆を予定し、続編に該当する部分の資料の収集・分析から原稿執筆にいたるまで、かなりの事前準備がすすんでいたが、研究計画の全体構想がしだいに膨大となって、ついに満洲国阿片専売の前半期のみを先行して刊行するという結果になった。(中略)二〇〇四年一二月一四日付で『続・満洲国の阿片専売――日中戦争期中国占領地での阿片政策』の未定稿をまとめている。
この未定稿に目を通すと、山田氏は満洲国から蒙疆政権、華北・華中占領地にいたる広域の阿片問題について、すでに基本的な見通しを得ていたことが確認できる。しかし、原稿の完成度には精粗の差があり、満洲国阿片専売については、ほぼ全体的な記述の一貫性が保たれているが、他の三地域については、なお完成度が不十分であった。そこで、同氏は旧稿に手を加えて完成稿を仕上げる予定であったが、不幸なことに、二〇〇五年三月に交通事故に遭遇して健康を害し、二〇〇六年九月九日に逝去された。
校閲者森久男は、山田氏の遺稿を整理するにあたって、完成度が高い満洲国阿片専売の続編のみを対象として校閲をすすめる方針を採用した。しかし、この部分についても、なお完成原稿の前段階である未定稿に止まり、全面的に手を加えるほかなかった。校閲の過程で、本文中の有益な部分はできるだけ残して、不要な部分を削除し、意味不明な文章や誤った記述は校閲者の責任で訂正した。また、本書全体の編別構成についても、著者が時系列に沿った叙述にこだわって、記述内容が細かく錯綜しているので、主題別に原稿を整理して新たに目次の再構成を行った。
山田氏が『続・満洲国の阿片専売』の執筆にあたって遭遇した最大の困難は、日中戦争勃発前に比べて、必要な資料の入手がより困難になっているほか、満洲国阿片専売の基本的な内部構造が容易に解明できないという事情が存在している。この難問を解決するにあたって、著者に重要な突破口を与えたのは、満洲国民生部禁煙総局の官吏として、阿片断禁政策の最前線で実務を担当した山像虎興氏との出会いである。それまで、山田氏は満洲事変前の関東州の阿片専売、満洲事変後の満洲国阿片専売、及びその周辺事情について、財政・経済・法制・煙政・保健衛生・警察行政等の各方面から詳細なデータを収集してきたが、日中戦争勃発後については、質・量ともに入手できる情報量が限られて、難易度が飛躍的に高くなっている。こうした状況下で、同氏は山像氏とのインタビューを重ねる中で、満洲国阿片専売の内部構造に対する理解を深めて、続編を執筆する基本的着想を得たのである。
満洲国阿片専売には、財政収入をできるだけ多く確保する財政専売という側面とともに、阿片断禁政策という大義名分の下で、阿片・麻薬中毒者を救療する保健・衛生政策という側面が存在している。山像氏は満洲国官吏として後者の立場を代表する人物で、龍江省で阿片中毒者のモデル救療施設を創設してのち、満洲国の中国人大官の積極的支持を得て、「阿片断禁十カ年計画」を含む「阿片断禁方策要綱」(一九三七年一〇月一二日)の制定を推進する原動力になっている。また、禁煙総局が発足してのち、同氏は「阿片麻薬断禁方策要綱」(一九四〇年一〇月三〇日)という重要法令の原案を起草している。さらに、禁煙総局において康生院の普及を主導したほか、一九四一年から興安西省に異動して、罌粟集団栽培の実務で中心的役割を果たしている。
今回、上梓する山田氏の『続・満洲国の阿片専売』に説得力を与えているのは、山像氏とのインタビューと同氏から提供された資料に基づいて、歴史の当事者しか知りえない内部情報が豊富に盛り込まれている点である。山像氏にはみずからの回顧録を残しておきたいという希望があり、山田氏にその執筆を委嘱している。山田氏は『満洲国の阿片専売』と『山像虎興回顧録――満洲国阿片専売私記』の執筆作業を同時にすすめており、残された遺稿の中には半ば完成した回顧録が含まれている。他方、満洲国の禁煙政策に占める山像氏の影響力が高まるのと比例して、山田氏の『続・満洲国の阿片専売』と山像回顧録の記述が、しだいに混然一体となって、執筆の途中で両者の区別がつかなくなっている。その結果、後者の第七章「興安西省・錦州省における医療・衛生問題」は、本文がまったく欠けているので、校閲者が残された山像氏関係の資料を用いて、できるだけ簡潔に代筆した。本書の第一部『続・満洲国の阿片専売』と第二部『山像虎興回顧録――満洲国阿片専売私記』は、いずれも山田氏個人の責任で執筆された著述で、相互に密接な対応関係が存在しており、両者を併読することによって、満洲国阿片専売に対する理解をより深めることができる。