目次
序章 墨子――人と書物――
第一節 墨子という個人について
第二節 「墨子」書について
第一章 「自愛する」個人の発見――兼愛と尚賢――
第一節 兼愛上篇研究小史
第二節 兼愛上篇における「自愛する」個人の発見
第三節 尚賢上篇の成立期について
第四節 尚賢上篇における「個人」
第五節 兼愛上篇における対等な「他者」
第六節 兼愛論の展開
第七節 尚賢論の展開
第二章 墨家の互酬と分配の経済思想――孟子、荀子との対比において――
第一節 荀子の墨家批判
第二節 荀子における欲求と「物」
第三節 孟子と荀子の分業論
第四節 墨家の分業論
第五節 墨家における財の交換
第三章 墨家の「天」をめぐって
第一節 墨家の「天」――なにが問題なのか――
第二節 「天志」、「明鬼」という口号について
第三節 「ただ乗り」への懲罰者としての「天」
第四章 禹水湯旱について
第一節 「ただ乗り」する天
第二節 韓非子における伝承の論理的不整合への気づき
第三節 禹水湯旱伝承について――天と君主――
第四節 禹水湯旱伝承の展開
第五節 禹水湯旱への対応
第六節 禹水湯旱をめぐる言説のその後
第五章 墨家の鬼神論
第一節 明鬼下篇について
第二節 上海楚簡「鬼神之明」について
第三節 「墨子」公孟篇の二つの対話
第六章 規矩考――墨家の幾何学――
第一節 墨家は直角を作れたか
第二節 規と円
第三節 矩と方形
第七章 「墨子」号令篇の文書主義について
第一節 「兵技巧書」漢代偽作説について
第二節 号令篇の「文書主義」について
第三節 守城の際の情報伝達
第四節 民の納粟にかかわる情報の文書化
第五節 「交換」をめぐる号令篇と孟子
第六節 里長から里民への情報伝達と文書主義
第七節 号令篇の発想のその後の展開
第八節 「墨経」の価格論
第八章 墨家の人口論――数量化する思考――
第九章 墨子の反戦戦略――相互応酬の戦略――
第一節 戦争を防ぐ
第二節 公輸篇における墨子の守り
第十章 墨家思想――分立、分裂、消滅へ――
第一節 墨家集団の分立から分裂へ
第二節 学派としての終焉――墨家になかったもの――
第三節 天人相関説の危険
第十一章 儒墨比較論
第一節 他者の発見
第二節 荀子との対比
第三節 触れなかった諸篇――天志、非命等の各篇――
第十二章 近代中国と「墨子」
第一節 アヘン戦争以前
第二節 アヘン戦争以後――他者の出現以後の墨家研究――
第十三章 墨家思想の現代的意義
注
参考文献
おわりに
人名索引
内容説明
【序章より】(抜粋)
本書は、墨家の思想を、先秦諸思想、とくに荀子のそれとの対比を念頭において分析したものである。
孔子以後、孟子以前の時期にその原型が成立した墨家の思想を戦国時代末期に成立した荀子の思想と対比しつつ論ずる根拠とその有効性については、行論のなかで明らかになるであろう。
戦国時代末期に儒家とならんで学団を形成し、社会における人間のありようを追求し、「世之顕学」(「韓非子」顕学)とされた墨家学派の開祖、墨子の姓名、生没年、生国等について、以下において論ずるが、「墨子」書中には、「墨」が姓とは明記されておらず、名前、翟としか明示されていない。墨子本人、その弟子たちが、すなわち墨家集団がそうした問題についてほとんど関心を示していないこと、そして示していないことそれ自体が、儒家思想と対比した場合の墨家思想の特色の一つであろうこと、むしろ儒家思想こそが特殊であることをあらかじめ述べておきたい。……これまでの墨家思想の分析は、兼愛上篇の思想を「弱者支持」、「双務倫理」の思想と理解したところから出発し、「墨子」書の文献批判もそれとの関連でなされている。そして、その結果、墨家思想は「弱者支持」の進歩的思想から専制帝国を支えるイデオロギーと化した、と評価されるのであるが、はたしてそうであろうか。それならば、「専制帝国」の成立とともに墨家は消滅した、という主張との整合性はいかにして可能になるのであろうか。われわれは、まず、兼愛上篇の主張するところを分析し、その基底に存在する人間把握をあらためて問題にしなければならない。
Mohist Studies of Pre-Qin Thought