目次
第一節 「言語の自立性」と歴史記述の可能性
第二節 氏族制と律令制
第三節 律令的思考
第一章 文字の思考
第一節 文字の倒錯 『古事記』序文
第二節 断片と縫合 『古事記』上巻
第三節 書物のフェティシズム
第四節 漢字と倭歌
第五節 歌の記載と価値
第六節 東歌と仮名表記
第二章 「感情」の発見 斉明朝・天智朝
第一節 天皇挽歌の生成
第二節 言語呪術の臨界 天智挽歌群
第三節 天智朝の詩宴と倭歌 額田王「春秋競憐判歌」
第四節 天智朝の祭祀と倭歌 額田王「三輪山歌」
第五節 紫草のにほへる妹 「蒲生野遊猟歌」
第六節 「近江天皇を思ふ歌」存疑
第七節 額田王の「位置」
第八節 〈恋愛〉の発見
第三章 「神話」と儀礼の創出/解体 天武朝・持統朝
第一節 「天」と「国」と「海」 舒明天皇「望国歌」
第二節 儀礼言語の形成と持統朝
第三節 「戦後文学」としての柿本人麻呂
第四節 人麻呂登場
第五節 神話と儀礼の解体 柿本人麻呂「石中死人歌」
第六節 人麻呂挽歌の〈語り〉と視点
第七節 「無常の雲」と「神仙の雲」 弓削皇子「遊吉野歌」
第四章 「大宝律令」前後 文武朝・元明朝
第一節 大神高市麻呂の復権
第二節 文武朝の行幸と「上林」
第三節 文武天皇の述懐詩と詠物詩
第四節 文武天皇「御製歌」存疑
第五節 大宝元年の長意吉麻呂
第六節 遣唐使山上憶良の日本回帰
第七節 孤独な女帝の肖像 元明天皇とその御製
第五章 律令官人の夢想と現実 元正朝・聖武朝
第一節 不比等から旅人へ
第二節 夜の従駕者 山部赤人「吉野讃歌」
第三節 天平元年の班田と万葉集
第四節 藤原麻呂贈歌三首の〈神話〉
第五節 饗宴と無常 大伴坂上郎女「宴親族歌」
第六節 高橋虫麻呂の女性幻想/東国幻想「詠勝鹿真間娘子」「詠上総末珠名娘子」
第七節 家持と童女
参考年表
初出一覧
追い書き
古典書籍名・資料名・詩歌番号索引
内容説明
本書は、『万葉集』や『懐風藻』『古事記』『日本書紀』などといった日本上代の書物群を、律令国家形成期における言語文化として捉え、それぞれの言説に隠された時代の欲望を読み解いていく長大な論考である。これらの言説には文字中心の思考が作用しており、視覚化・序列化・脱呪術化がその特色であると言い、その思考様式を著者は「律令的思考」と名づける。
律令制とは文字の法律を基準とする社会制度であり、そこでは文書が大きな力を持つ。律令制は、人間関係を基軸とする氏族制を超克すべく開発され導入されたものだが、結局氏族制を打倒することはできず、ルールや個人の能力を重視する思考と、血縁や人間関係を重視する思考とが並立したまま今日に至っていると著者は説く。
本書の構成は、律令制と律令国家をめぐる一般的な問題から始めて、律令的思考の特色である文字中心の思考法を古事記の神話や万葉の歌などに看取する。そして額田王が活躍を始める斉明朝から、白村江の戦い、壬申の乱、藤原京遷都、大宝律令制定、平城京遷都などを経て、大伴家持が作歌活動を開始した聖武朝までの言語文化を時系列に沿って追い、それぞれの王朝ごとの特色や、社会的事件との関わりを具体的に論述してゆくものである。
個々の論においては、上代文学作品の表記の問題や用語の問題などの細かい点について、また宮廷社会で活躍する万葉歌人たちの社会的役割や立場について、歴史と社会に関わらせながら分析してゆく。また万葉の歌と古事記・日本書紀・続日本紀の歴史記述を関わらせたり、律令や土地制度を関わらせたり、日本に影響を与えた中国の書物を関わらせるなどして、多角的・多面的に論じている。総じて複合的・学際的な研究であるところに本書の特色がある。
これまで日本上代文学の研究者として多くの業績を挙げてきた著者の長年に及ぶ研鑽を基に、書下ろしの論考六篇を加え、全三十八章から成る本書は、古典文学の研究者のみならず、日本史学・法制史学・思想史・日本語学・中国文学など多様な領域の研究者にとっても必読の基本図書となるであろう。本書が広く江湖に迎えられ、学問の新局面を切り拓くことを期待したい。