目次
序 章
第一部 日本近世文学と『今古奇観』
第一章 『今古奇観』諸本考
『今古奇観』諸本研究の意義と目的
『今古奇観』の書型 附、初期刊本諸本書誌
宝翰楼本の成立
初期刊本の系統
同文堂本四種
後期刊本をめぐって
別本系諸本
通俗小説の出版と『今古奇観』
異同一覧表
第二章 「三言」ならびに『今古奇観』の諸本と『英草紙』
『英草紙』の原話
「三言」ならびに『今古奇観』の諸本
『英草紙』第二篇と原話の本文
『英草紙』第三篇と原話の本文
『英草紙』第四・九篇と原話の本文
原話の校合が意味するもの
校合から創作へ
第三章 上田秋成と『今古奇観』
浦島伝承と「妖」と「婬」
古今奇観と云聖歎外の作文
秋成の著作と『今古奇観』
秋成と白話小説
第四章 『通俗古今奇観』における訳解の方法と文体
通俗物概略
底本をめぐって
誤訳の諸相
改変と意訳
『通俗古今奇観』の文体
その他の諸問題
第五章 式亭三馬『魁草紙』考
三馬と白話小説
原話改変の諸相
白話語彙の使用
『魁草紙』と初期読本
第二部 初期読本の周辺と白話小説
第一章 『太平記演義』の作者像――不遇者としての実像と虚像――
『太平記演義』研究の現状と課題
『太平記演義』の序文
不遇者としての作者
『太平記演義』と『参考太平記』
学問としての演義小説
『太平記演義』における原話の改変
「太平記演義」の割注と「太平記通俗」の意味
近世小説史の中の『太平記演義』
第二章 白話小説訓読考――「和刻三言」の場合――
本章の目的
「和刻三言」の性格
「和刻三言」の訓読法
『英草紙』の文体と白話小説の訓読表現
白話小説を訓読するということ
第三章 吉文字屋本浮世草子と白話小説
白話物浮世草子とその作者
『時勢花の枝折』の趣向
『時勢花の枝折』と白話小説
『滅多無性金儲形気』における翻案
白話小説の受容層再考
第三部 初期読本作品論
第一章 方法としての二人称――読本における「你」の用法をめぐって――
小説の中の二人称表現
「你」という二人称
『英草紙』における「你」の用法
「你」と「足下」――『英草紙』第三篇――
「你(きみ)」という表記――『英草紙』第六篇――
後続の読本における「你」
二人称という方法
第二章 庭鐘読本の男と女――白話小説との比較を通して――
白話小説と「情」
『英草紙』第四篇をめぐって
許される男たち
鄙路の造型
「情」の描かれ方
第三章 『垣根草』第六篇の構想
『垣根草』の作者をめぐって
『垣根草』第六篇の典拠
「鞆晴宗」の主題
芙蓉の絵と琵琶
初期読本と白話小説
終 章
初出一覧
あとがき
索引(人名・書名)
内容説明
日本近世文学における白話小説の影響については、つとにその重要性が認識されていながらも、見過ごされてきた問題が少なくない。白話小説は、当初は主に唐話学の参考書として利用されていたが、学習者の増加に伴い、次第に文学作品としての価値を見出されていき、その結果、近世期を通じて多くの作家が白話小説の翻案作品を世に送り出した。では、なぜ白話小説はこれほどまでに広く受け入れられたのか。当時の人々にとって白話小説とは何だったのか。近世文学において白話小説が果たした役割はいかなるものだったのか――。これらの問いへのアプローチとして、本書では、近世中期という時代に目を向け、白話小説をめぐる十八世紀の文学状況を検討するという方法を採る。
十八世紀という時代は、白話小説受容史において極めて大きな意味を持つ。本書では、読本の嚆矢にして、収録作品の大半が白話小説の翻案である都賀庭鐘『英草紙』(寛延二年〈1749〉刊)が生み出され、白話小説の受容が最も積極的になされたこの時期を「白話小説の時代」と位置づけ、そうした「異文化」との交渉を視座として、当時の文学の諸相を論じることを試みた。近世の人々は白話小説をいかに受容し、自らの文学へと結実させていったのか。その営為の現場にできる限り近づくことを目的とした。
本書の基本姿勢として、まずは諸本・本文をはじめ、白話小説そのものの調査・分析を精細に行い、典拠研究に際しては、どの作品が利用されたかのみならず、どの刊本が利用されたかまで追究するなど、精緻な検討を行った。また、作品論における原話と翻案作品の比較に際しては、両者の文化的差異をも踏まえて分析し、原話の性格が翻案によっていかに変質したかという問題にまで目を向けた。他方、白話小説の受容を読本とのみ結びつけるのではなく、白話小説が多くの読者を獲得したこの時代の実相を明らかにするために、読本以外のジャンルにおける白話小説の受容のあり方をも考察した。また、白話小説を利用した作品は、いずれも言語の壁を乗り越えた上で書かれたものであるという認識のもと、語学と文学の両側面から検討を進める重要性についても論じた。
第一部「日本近世文学と『今古奇観』」では、近世期に広く享受された短篇白話小説集『今古奇観』について、その諸本の系統および近世日本における受容の様相を考察する。第二部「初期読本の周辺と白話小説」では、初期読本の周辺領域において白話小説がいかに受容されていたかを検討する。そして第三部「初期読本作品論」は、白話小説を原話に持つ初期読本を作品論的に分析するものである。