目次
第一章 本書の構成
第二章 本書の理論的立場
通時的研究であること
依拠する音韻理論
「音節」 について
機能論的音韻史について
第三章 上代語・先上代語・日琉祖語の音節構造
上代語の音節構造
先上代語・日琉祖語の音節構造
先上代語・日琉祖語について
二重母音・長母音について
閉音節について
本 論
第一部 拗音論
序章 拗音―その概念と分布の偏り
拗音の概念規定
開拗音の分布
呉音
漢音
開拗音の分布
唐音
オノマトペ他
第一章 ア段拗音―拗音仮名「茶(荼)」をめぐって
ア段拗音の分布の偏り
拗音仮名
「茶」の字音
音訳漢字としての「荼」
仮名としての「茶」
「ダ」に相当する濁音仮名
むすび
第二章 ウ段開拗音の沿革
ウ段拗音の分布の偏り
拗音表記の歴史からの解釈
等時性からの考察
なぜウ段開拗音のみア行表記で定着したか
なぜ「シユ」だけ存在できたのか
「シユ」の波及
「チユ」の考察
なぜ「○イウ形」は一モーラ化しなかったのか
悉曇学との関わり
概念としての「拗音」
第三章 唇音と拗音
唇音・拗音の結合の偏り
漢音についての説明
漢音における例外
呉音についての説明
第四章 拗音・韻尾の共起制限
拗音・韻尾の組み合わせの偏り
朝鮮漢字音との対照
「拗音」が期待される漢字
「拗音」が現れる漢字
考察
第五章 合拗音の受容
外来音の受容
拗音の受容に関する先行学説
開拗音・合拗音の受容の差異
分解圧縮法による開拗音の受容
合拗音の「あきま」への受容
止摂合字について
付章 サ行子音の音価とサ行開拗音
第二部 二重母音・長母音論
第一章 /CVV/音節(二重母音)の歴史
音韻論的解釈としての二重母音
/CVu/音節の歴史
モーラ組織の組み替え
第二章 長母音成立の音韻論的解釈
引き音素について
音韻論的解釈としての長母音
オ段長音開合の音韻論的解釈
○イウの拗長音化
○エウの拗音化
イ音便・ウ音便の結果としての/CiJ/・/CuU/音節の登場
引き音素の成立
第三章 江戸語の連母音音訛
二重母音・母音連接と長母音化
二重母音・母音連接の認定
本章の基準
実例の分析
『浮世風呂』の「おべか」「おさる」
『浮世風呂』の「三助」
補遺
第三部 撥音・促音論
第一章 二種の撥音便
二種の撥音便について(中田説)
中田説の疑問点
中田説の修正案
二種の撥音の統合
第二章 m音便とウ音便
複数の撥音を総合する先行学説
先行学説に対する疑問
事実の整理
漢字ng音韻尾
オノマトペ
推量の助動詞
バ行・マ行四段動詞の音便形
その他のm音便とウ音便の交替
m韻尾の「ウ表記」他
中世後期の撥音の音声について
「ウ」で表記される撥音について
近代的撥音の成立
バ行・マ行四段動詞の撥音便化
第三章 リ延長強勢オノマトペ
―「ひいやり」「ふうわり」から「ひんやり」「ふんわり」 へ
撥音と促音の非対称性
オノマトペにおける撥音挿入の時代差
接近音の前の撥音挿入
「ひつやり」について
撥音史からの解釈
類推が制限された理由
第四章 撥音と鼻音韻尾
借用語における音節末鼻音
二種の撥音
平安初期訓点資料
ng韻尾の鼻音性、およびウで表記される撥音
表記模索期の訓点資料
平仮名文献の鼻音韻尾表記
第五章 ng韻尾・清濁の表記の相関
現代の漢字音におけるng韻尾
ng韻尾の鼻音性
鼻音性の痕跡
類音表記・零表記
特殊符号表記
補助符号表記
鼻音韻尾把握のバリエーション
ng韻尾・清濁の表記の対照
表記のレベルの相関関係
東寺観智院本『悉曇章抄中抄』
この節のまとめ
物名歌
『悉曇要集記』奥文の音図〕
第六章 ng韻尾の鼻音性―○エイの形を取る場合―
ng韻尾の鼻音性の表記
「○エイ」における鼻音性の問題
中国原音の音価
新漢音資料からの検討
呉音・漢音の観点からの検討
悉曇学からの説明
明覚『梵字形音義』
心蓬『悉曇相伝』
第七章 Φ音便について
m音便と量的撥音便
Φ音便説
ハ行四段動詞音便形の「ム表記」
先行研究とその問題点
『不動儀軌』万寿二年写本
『三論祖師相伝』鎌倉初期写本
『高山寺本古往来』院政期点
『大毘盧那経疏』巻第二延久二年点
楊守敬本『将門記』平安後期点
語末位置のΦ音便
ハ行四段動詞音便形の相互関係―Φ音便が早く消滅した理由―
第四部 清濁論
第一章 清濁についての研究史―共通理解とすべき事柄
音配列制限の問題
表記の問題
前鼻音の問題
連濁の問題
連声濁の問題
アクセントに似た性質を持つ問題
用語の問題
第二章 ガ行鼻濁音の歴史
ガ行子音に関わる文献資料の記述
山県大弐のガ行音観察
行智のガ行音観察
江戸語音韻資料としての行智の悉曇学
行智の著作の時期区分
ガ行音観察の実際
変化過程の検討
方言のガ行音
白圏表記について
第三章 連濁の起源
連濁の起源についての諸説
同化説
古音残存説
連声濁説
内部境界強調説(再分割説)
諸種の濁音の歴史的順序
清音の濁音化と促音挿入
「強調」に伴う前鼻音の発達
連濁をめぐる補説
「圧ぬき」について
【補説】音韻史叙述のレトリックについて
結合標示と境界標示の両立について
清濁の対立のない方言について
日琉祖語における子音体系について
語頭濁音について
ライマンの法則について
単純語内部の濁音化について
非連濁形について
サ行の連濁について
ローゼンの法則について
前鼻音の起源について
撥音挿入形について
東北方言における母音の無声化について
アクセントに似た性質について
濁音形のオノマトペについて
促音・撥音との関係について
生成音韻論における清濁の扱いについて
第四章 上代語における文節境界の濁音化
清音の濁音化と促音挿入
具体例の整理
動詞「散る」をめぐって
名詞「かは(川)」をめぐって
ミ語法をめぐって
古事記・日本書紀の清濁相違例
その他
考察
第五章 龍麿の仮説
連濁に関わる未解明の問題
先行研究における龍麿の仮説の扱い
『古言清濁考』における関連記事
「川」を後項とする複合語
龍麿の仮説の検証
第六章 m音便の後の清濁
一般的な理解への疑問
議論の前提としての二種の撥音便
『類聚名義抄』による検討
m音便に後接する「たまふ」
既発表論文との関係
参考文献
引用文献資料
後 記
内容説明
【序論より】(抜粋)
本書は、日本語の音節構造の歴史をめぐって、いくつかの問題を取り上げ、考察するものである。この場合の「日本語」とは、中央語(主に上代の大和方言、平安時代以降の京都方言)を意味する。議論の前提として先上代語、諸方言の比較によって再構される日琉祖語について言及することもあり、また、一部の章においては江戸語・東京語について分析することもあるが、基本的には、文献資料を用いて中央語の音節構造の歴史を考察することが、本書の主たる目的である。序論においては、本書全体の議論の前提となる事柄を整理する。本論の第一部「拗音論」、第二部「二重母音・長母音論」、第三部「撥音・促音論」は、音節を構成する要素を、音節の前から後ろへと配列して構成したものである。本書において取り扱う範囲(時代・地域)に二重子音は存在しないので、結果的に拗音論を冒頭に置くことになった。第一部で扱う拗音の問題と、第二部で扱う二重母音・長母音の問題とは、歴史的に密接に関わってくるものである。例えば、漢字音「ケウ(教)」は、二重母音「ケウ」から拗長音「キョー」へと歴史的に変化した、等の問題がある。第二部ではイ音便・ウ音便の問題を、第三部では撥音便・促音便の問題を扱うことになるので、第二部と第三部とは、二音節が融合して一音節化する現象である「音便」をめぐって考察を進めるという点で関連を持っている。本論の第四部「清濁論」では「清濁の対立」の問題を扱う。清濁の対立は、常識的には音節構造の問題ではなく、なおかつ、音節の始まりの部分に関わる要素であるが、あえて第四部に配列した。古代日本語の濁子音は、前鼻音化していたと考えられているが、この鼻音要素は、音韻論的には前の音節に所属するものではなく、あくまで濁子音の一部である(音節頭の要素である)。その意味で、濁音の問題は音節構造の問題とも無縁ではいられない。さらには、本書における見通しとして、第三部で扱う「促音」「撥音」の問題と、第四部で扱う「清音」「濁音」の問題は、その起源において密接に関わるものであったと考えることになる(現代語においても「促音」「撥音」と「清音」「濁音」とは一定の相関関係を持っているが、歴史的にはもっと直接的に絡み合う要素であったと推定する)。また、古代日本語においては語頭に濁音が立たなかったため、清濁の対立は、本質的に二音節目以降の頭子音の問題なのであった。そのため、第三部「撥音・促音論」の次に、第四部「清濁論」を配することとした。第一部から第四部まで、以上のようなつながりを念頭に配列したものである。しかし本書では結果的に、第一部と第二部、第三部と第四部とが、より強く結びついた内容を持つことになった。つまり、イ音便・ウ音便の問題と、撥音便・促音便の問題は、それほど強く連動しないということである。