目次
目 次
Table of Contents
略号表
地図
1.序 論
1. 1 地域の概況
1. 2 歴史
1. 3 方言
1. 4 研究小史
B.H. Hodgson
S.N. Wolfenden
J.H.Edgar
Wen Yu(聞宥)
Kin Pʼeng(金鵬)et al.
Chang Kun(張琨)とBetty Shefts Chang
瞿靄堂(Qu Aitang)と林向荣(Lin Xiangrong)
最近の研究
文献による研究
1. 5 チベット・ビルマ系諸語の下位分類と系統
R.Shaferの分類
P. Benedictの分類
西田龍雄の分類
羅常培・傳懋勣の分類
孫宏開の分類
戴慶厦の分類
J.A.Matisoffの分類
羌語支の下位分類
2.音 論
2. 1 音節構造
2. 2 子音音素
借用語に現れる音素
介音
鼻音化要素
末子音
2. 3 母音音素
2. 4 声調
3.形態統辞論
3. 1 名詞
名詞と修飾語句との統語関係
名詞化の標識
ʔa-+方向接辞
to-+動詞不定形
sɐ-+動詞語幹
kə-+用言の語幹
3s:GEN-動詞不定形+DEF
DIR-NOM-語幹+DEF
動詞不定形+-ke
tə-+動詞語幹
-təと-ke
性と数の標識
Animacyの区別
関係節を作るwu-
類別詞
3. 2 代名詞
人称代名詞
所有形 ⑴
所有形 ⑵
所有の強調
属格の表現
その他の所有表現
指示代名詞
疑問詞
3. 3 形容詞
形容詞の標識
語幹の反復
比較級と最上級
修飾
複合形容詞
述語としての形容詞
3. 4 動詞と動詞句
文と動詞句
絶対時制
P1:ムード標識
否定の標識
P2:テンス・アスペクト標識
テンス標識:方向接辞
アスペクト標識
P3:エビデンシャル標識
P4-S1:人称標識
自動詞文における人称標識
他動詞文における人称標識・人称接辞S1の役割)
P5:態(Voice)及び動作の様態を示す接辞
副詞的接辞wǝ
使役を示す接辞
相互動作を示すṅə-
反復動作を示すra-とna-
意志で制御しがたい動作を示すmə-
再帰を表すnə-
適用態(applicative)を表すna-
判断の転換を表すnɐ-
非人称を表すṅə-
動作者が特定されない行為の様態を表すṅu-
接尾辞-s
前接辞の語彙化
3. 5 判定詞
ṅosとmak
文+ṅos/mak
ṅos/makの代動詞的用法
形容詞(句)または副詞(句)+ṅos/mak
3. 6 助動詞
存在の助動詞
存在の助動詞ɴdo
存在の助動詞noto
能力を表す助動詞 ⑴čha
能力を表す助動詞⑵spa
充足を表す助動詞
必要・義務を表す助動詞ra
「用意ができている、許可、快諾」を表す助動詞khut
許可を表す助動詞yok
終了「…し終える」を表す助動詞səyok
終了「…し終わる」を表す助動詞kšin
経験「…したことがある」を表す助動詞 ⑴noɴdos
経験「…したことがある」を表す助動詞 ⑵rño
時間的な幅「…する時間がある」を表す助動詞-tso
切迫した未来「まさに…しようとする」を表す助動詞-lo
過剰「…すぎる」を表す助動詞-(z)dor
3. 7 数 詞
基本的数詞
序数
月の名称
「…倍」
分数
パーセント
「半分」と「回」
双数と複数
3. 8 助 詞
格助詞
場所格助詞
奪格(具格)助詞
所有を表す助詞-y
新情報を導く助詞-kə
否定の助詞
疑問の助詞
P1に立つ例
判定詞または存在の助動詞の前に立つ例
文末に立つ例
接続助詞
nəru「と」
wu「の」
tsə「も」
tsə「と」
zə「…たら」(məと対応して)
či「…なら」
ǰi「…ても」
ci「…なのに」
məru「か、または」
ren「けれども」
ren「…してから、…して」
ren「…ので」
kor「…だが、しかし」
khoz「…しながら」
LKV+-y「たとえ…でも」
wapsey「だけでなく」
w-əčhes「…だから、ので」
終助詞
3. 9 副 詞
様態の副詞
lɐwur「急に、突然」
kəṅanak(꞊tsə)「早く」
kəksal(꞊ke)「はっきりと、明確に」
kətak꞊tsə「はっきりと、明確に」
wugras「はっきりと、明確に」
lelas「ゆっくり」
ʔa-las (yo)「ゆっくり > さようなら」
kǝrgɐkǝrgi「互いに」
tazus「こっそり」
čiktak「はっきりと、明確に」
raṅpas「故意に、特に」
程度の副詞
wasto(t)「とても」
kəmča(꞊ǰǝ)「大変、沢山、とても」
kǝtsitsi(꞊ke)/kǝ-mǝne「少し」
kəzok「少し」
kəšur「少し」
thapčha「少し」
kəčet「全く」
waɴḍoɴḍo「本当(に)、精確(に)」
kəmamo(꞊tə)「非常に」
wuphak kte「大体」
ke「 【発話全体の語気を和らげる副詞】ひとつ、ちょっと」
量の副詞
wastot kəmča「たっぷり」
wuphakkte「大体」
wupso「おおよそ」
maǰu「もう」
žə「もう」
時を表す副詞
šuǰe「今、ちょっと前から」
məsñi「今日」
sosñi「明日」
ѕaɴdi「あさって」
khəɴdi「しあさって」
khəməɴdi「4日後」
rjaməɴdi「5日後」
məšer「昨日」
mišesñi「昨日」
mišeṭi「おととい」
bašṭi「何日か前」
kǝscɐ꞊y「かなり前、昔、長く」
basñi「何ヶ月か前」
bisñiso「昨今」
təmor「晩、夜」
piy「今迄、未だ」
空間を表す副詞・副詞句
sce「ここに、こちらへ」
toto、nono、roro、rere、kuku、didi「あちらへ」
副詞句を形成する手続き
テンス・アスペクトの副詞
zgak「丁度」
šimomo「今」
thamtham「今、最近、これから」
štəṭe「これから」
maǰu「再び、また」
kəkəčhen「しばしば」
wəɴkhu꞊y「後で」
kəṅanak「直ちに、一度に」
wuɴphroɴphro「順に」
stoṅsñi「いつも」
šot「いつも」
文・述語修飾副詞
kǝ(ṅa)sto「まっすぐに」
kǝtǝpa「一緒に」
wuscerscer「ひとり(で)」
kǝskokayi「一生懸命(に)」
wulali꞊ǰə「勤勉に」
陳述の副詞
ṭhikci~ṭhik「おそらく」
(wu)deɴbey「決して…ない」
wurčhi「なんとか、是非」
wupər「もし、仮に」〕
3.10 接続詞
(nə)noṅoy「しかし」
wučhes「ですから」
məru「或いは」
3.11 感嘆詞
Ale
Aka
Aha
Ayo
Otsi
Wei
Wa
4.単 文
4. 1 基本的な構造と語順
4. 2 疑問
4. 3 命令
丁寧な命令
3人称に対する命令:希求法
4. 4 能格
4. 5 否定
希求法における否定
禁止
5.複 文
5. 1 補足節
文+(補足節のboundaryを示す)-tə
疑問・命令・引用表現の補足節
5. 2 副詞節
時を表す副詞節
理由・原因を表す副詞節
w-əčhesによって表現される例
renによって表現される例
条件などを表す副詞節
mə-VP(꞊zə)による表現
mə-VP以外の形式で条件を表す例
逆接を表す副詞節
様態を表す副詞節
5. 3 連体節
5. 4 並列節
6.文 献
7.基礎語彙
7. 1 基礎語彙索引(日本語:語彙番号)
7. 2 基礎語彙索引(英語:語彙番号)
8.参考資料
8. 1 200例文
8. 2 日常表現260
あとがき
索 引
事項索引
日本語
英語
チベット語
嘉戎語形態索引
付録(CD-ROM):音声データ8.1及び8.2
内容説明
【はじめにより】(抜粋)
小著は嘉戎(ギャロン: WT rgyal rong)語莫拉(ボラ: WT bho la) 方言の記述文法である。
嘉戎語は中国四川省西北部に話されるチベット・ビルマ系の言語で、複数の下位言語群の特徴を兼ね備え、系統関係の橋渡し役を演じる繋聯言語のひとつと見做されている。現代の繋聯言語は類型的に多様であるが、同時に様々のレベルで古態をも保っていることが多く、それらの言語記述はチベット・ビルマ祖語の再構に不可欠と考えられている。嘉戎は歴史的・文化的にチベットとの関係が深く、特に宗教の面でポン教の一大シェルターであったことやチベット仏教教理の偉大な学者を多数輩出したことも手伝って、多くの文語チベット語形式を借用し、接辞を含めそれらを口語として受け入れた。このため、嘉戎語はチベット語の古い層を代表していると考えられたことがあった。しかしながら、Wolfenden(1929,1936)以来記述が積み重ねられてきた結果、上に述べたチベット語との直接的な系統関係は否定された一方、チベット・ビルマ祖語と比較できるほど古い語彙形式や形態統辞論的手続きを保持していることとともに、高度に発達した人称接辞(及びそのagreement)体系など後代のinnovationと考えるべきものも少なくないことが明らかになった。また、系統関係についても、嘉戎語はチベット語とではなく、羌系諸語と共通の祖語をシェアするとの考え方が一般的になってきている。これらの議論にとって中核的な研究は基礎語彙の比較と動詞構造の形態統辞論的解析である。前者は歴史言語学研究で一般的に行われる方法であるが、後者は嘉戎語研究にとって特徴的と言える。幾つもの接辞が生産的に働き、動詞句の文法的意味が精緻に特定される。そこには、極めて複雑ではあるが、入念に練られた統辞論的ルールが機能しており、それが同時にチベット・ビルマ祖語段階の統辞論を考える上でも有用な鍵となる。先行研究の多くが動詞構造の分析に当てられてきたのはこのためである。筆者はかつて1980年にギャロン・ジャンブム(WT rgyal rong rgyal ʼbum)氏を発話協力者としてカトマンドゥ市で行った同氏の話す卓克基(チョクツェ: WT lcog rtse)方言の集中的調査をもとに、動詞構造の研究を上梓した(Nagano 1984,2003)。動詞句の構造を接辞の階層性と意味を絡めて解析した初めての業績として一定の意味があったと思うが、データ量が限られていたこと、同氏がその直後に故地へ帰り、追試ができぬうちに帰らぬ人となったこと、当時未開放だった嘉戎地域での現地調査は望むべくもなかったこと、などの事情から、その分析と解釈は行き届かないままであった。その後、1989年に阿壩藏族羌族自治州の州都、馬尔康以東までは外国人が入領できるようになったが、調査を行う上では実務面の困難が伴った。このような状況を踏まえ、前掲書を全面的に改訂する準備を始めようとしていたところ、当時国立民族学博物館のポン教研究プロジェクトを通じて関係のあったポン教学問寺ティテンノルブツェ僧院(カトマンドゥ市)に3名の嘉戎出身の僧が遊学していることが分かった。2名は莫拉(卓克基の西8㎞)、1名は梭磨(ソマン:卓克基の東17㎞)から来ており、native speakerとして理想的だった。以前調査した卓克基方言と質的に類似していると思われる莫拉方言をシェーラプ・レクデン(WT shes rab legs ldan)師について調査することとし、1998年以来毎夏数週間の調査を継続している。同師は2002年勉学を終えて莫拉に戻った後も、所属する莫拉寺学僧共々断続的な調査に協力している。現在嘉戎語の置かれた状況は厳しい。1956年の民族識別の際、彼らは文化的に、特に宗教面でチベット文化にアイデンティティーを求めやすいことから、「藏族」であることを選択した。「羌族ではない」との意識が強く、独立した「嘉戎族」も検討されたと聞くが、小規模な少数民族となるリスクを避けて「藏族」の一部となることを選んだのである。かくして、少数民族としての「嘉戎族」は誕生しなかった。また、独自の文字も持っていない。嘉戎語をチベット文字で表記する方法が何種類か提案され、実践されたが、定着しなかった。このため、嘉戎語での学校教育は行われず、公共の場でのコミュニケーションは専ら漢語で、嘉戎語は家庭内或いは狭い村落内でのみ話される状態になっている。特に若年層では、嘉戎語が話せず、漢語のみの人が増えて、結局家庭内でも親が漢語を使わざるを得ない状況がしばしば見られる。この言語の複雑さや漢語の圧倒的な社会的・経済的優位を考えると、流れとしては理解できるのだが、歴史的所産として難解ではあっても美しい嘉戎語の話し手が近年激減しつつあるのは大変残念であるし、一般に言語の多様性が失われることは人間の文化にとって大きな損失である。研究協力者諸賢も嘉戎の言語や文化の現状を深く憂慮され、近い将来消滅の危機に瀕する可能性も考慮して、この言語の記録を、音声を含め、後世に伝えたいと考えている。断続的ではあるが長期に亘る記述調査が可能になった結果、データの精緻化が実現したが、一方でここ30年間言語類型論研究は長足の進歩を遂げ、今も新しい観点や理論が提唱されつつある。動詞句の構造や各接辞の機能の特定には類型論研究の成果を援用する必要があり、本書では近年のモノグラフは勿論、できる限り新しい類型論的知見を取り入れて分析を行った。最先端の類型論理論を駆使したとは言い切れないが、多様な例を掲げることで一種のレファランスグラマーを目指したつもりである。そのための一助として、基礎語彙と例文集2種(音声データを含む)をも収録した。また、Acta Linguistica Hafniensiaの顰みに倣い、註は一切付けていない。小著が嘉戎語研究とチベット・ビルマ諸語の歴史研究に少しでも貢献するところがあるとすれば、これに過ぎる欣びはない。
A Reference Grammar of the rGyalrong Language ―― Bhola Dialect