目次
一、律令制の形成と道教
(1)百済との文化交渉
(2)勅命還俗と陰陽寮
(3)僧尼令と「道術符禁」
二、中国撰述経典と道教の伝播
(1)道教関係書の舶載
(2)中国撰述の疑偽経典とその研究
(3)舶載された疑偽経典とその古写本
(4)朝鮮の道教受容と疑偽経典
〈正倉院文書〉所載の疑偽経典類
Ⅰ 道術符禁と所依経典
第一章 『七千仏神符経』と呪符木簡・墨書土器
一、古代の木簡と墨書土器にみる〈符呪〉
二、敦煌本『仏説七千仏神符経』『仏説益算経』とその伝来
三、『太上老君説長生益算妙経』との関係
太上老君説長生益算妙経』『仏説七千仏神符経』対照表竝びに校異
第二章 〈天罡〉呪符と北辰・北斗信仰
一、〈天罡〉呪符について
(1)静岡県浜松市伊場遺跡
(2)大阪府藤井寺市国府遺跡
(3)石川県小松市漆町遺跡
(4)静岡県焼津市道場田遺跡
(5)広島県尾道市市街地遺跡
(6)広島県福山市草戸千軒町遺跡
(7)岡山県邑久町助三畑遺跡
二、 北辰・北斗信仰受容の端緒
(1)記・紀・万葉と星
(2)古墳の星宿図
(3)七星剣とその周辺
三、 妙見信仰の伝播
(1)「七仏所説神呪経」の受容
(2)民衆社会と妙見信仰
(3)私度僧の教法とその性格
四、 宮廷儀式の変容と陰陽道祭の形式
(1)大祓詞と桓武朝の郊祀
(2)元旦四方拝と御灯
(3)陰陽道の星辰祭
第三章 『呪媚経』と〈人形〉祭儀
一、 人形の出土例と『延喜式』
二、 『赤松子章暦』と人形
三、 『呪媚経』とその受容
(1)敦煌写本
(2)七寺本とその内容
(3)奈良時代における書写と読誦
四、 古代寺院跡出土の人形
(1)奈良市・西隆寺跡
(2)京都市・西寺跡
(3)愛知県春日井市・勝川廃寺跡
(4)兵庫県城崎郡日高町・但馬国分寺跡
第四章 『救護身命経』と〈厭魅蠱毒〉
一、 歴代経録の記載
二、 他の経典との関係
三、 諸本の概要と校異
(1)敦煌本三種
(2)朝鮮本と『仏説広本太歳経』
(3)日本への伝来と七寺本
四、 古代社会と〈厭魅蠱毒〉
(1)律令法と蠱毒
(2)奈良時代の政治と巫蠱
朝鮮本翻刻竝びに校異
Ⅱ 密教と陰陽道の修法
第五章 『天地八陽神呪経』と土公神祭祀
一、 『天地八陽神呪経』とその請来
二、 『天地八陽神呪経』の書写と伝本
三、 陰陽道系の鎮祭と『天地八陽神呪経』
古写本二種 翻刻――東寺観智院本・真福寺宝生院本――
第六章 『寿延経』と東密の延命法
一、 山上憶良「沈痾自哀文」所引の『寿延経』
二、 敦煌本『寿延経』とその思想的系譜
三、 梵釈寺と真福寺の『寿延経』
(1)『八家秘録』と梵釈寺
(2)真福寺とその作法書
四、 『寿延経』の相承
(1)醍醐寺における延命修法と書写
(2)金沢文庫本『寿延経護記』
(3)高山寺、石山寺、金剛寺の伝本
(4)『作法集』とその注釈書
『寿延経』校異
第七章 『招魂経』と陰陽道の招魂祭
一、 『招魂経』とその伝来
(1)七寺本と東寺宝菩提院本
(2)『招魂経』の三魂七魄と招魂
(3)経名と成立時期の問題
二、 東密系の延命招魂作法と『招魂経』
(1)実運『玄秘抄』と守覚法親王『秘抄』の招魂作法
(2)頼瑜『秘抄問答』の招魂作法注釈
(3)東寺宝菩提院本『招魂事』と流布本『延命招魂作法』
三、 陰陽道の招魂祭と『招魂経』
(1)招魂祭の展開
(2)『祭文部類』所収「招魂之祭文」について
第八章 『三星大仙人所説陀羅尼経』 と妙見信仰・尊星王法
一、 『三星大仙人陀羅尼経』と『七仏八菩薩所説神呪経』
(1)両経の異同
(2)『七仏神呪経』の伝来
二、 『七仏神呪経』と妙見信仰
(1)『七仏神呪経』の書写と伝播
(2)妙見信仰と星辰信仰の展開
三、 院政期の寺門派と尊星王法
(1)尊星王と妙見・北辰
(2)寺門派と尊星王法
第九章 『地神経』と〈五郎王子譚〉
一、 地神盲僧・朝鮮の盲覡と『地神経』
二、 『地神経』とその釈文
三、 土公神祭文と五行神楽
四、 〈五郎王子譚〉と中世社会
Ⅲ 仏教と道教の重層性
第十章 古写経の跋文と道教的思惟――坂上忌寸石楯供養経を中心に――
一、 大般若経の書写と道教的思惟
(1)長屋王発願〈神亀経〉
(2)沙弥道行知識経
二、 坂上忌寸石楯供養経について
(1)跋文の復原とその伝来
(2)西王母伝承と七夕
(3)祖先祭祀としての七夕と盂蘭盆会
(4)東西文部の祓詞との関係
第十一章 深智の儔は内外を覯る――『日本霊異記』と古代東アジア文化圏――
一、 霊異記説話にみる三教の位相
二、 内典と外書
三、 霊異記の疑偽経典引用
第十二章 永劫の宝地――七寺本『安墓経』とその周辺――
一、 日本霊異記の〈枯骨報恩〉譚
二、 散骨と埋葬
三、 墓誌・骨蔵器と買地劵
四、 七寺一切経と『安墓経』
第十三章 『日本霊異記』の女性観と『父母恩重経』
一、 霊異記説話の女性像と社会的背景
二、 道仏二教の父母恩重経と霊異記
第十四章 『源氏物語』の〈死〉と延命招魂法
一、 『源氏物語』の〈死〉の表現
二、 尚侍嬉子の死と招魂
三、 延命法と招魂祭
Ⅳ 朝鮮における道仏二教と巫俗の交渉
第十五章 北斗信仰の展開と朝鮮本『太上玄霊北斗本命延生真経』
一、 韓国の寺院と七星閣
二、 高麗以前の星辰信仰
三、 高麗王朝の星辰祭祀
四、 李氏朝鮮の官制と道教
五、 朝鮮の巫俗と七星信仰
六、 北斗信仰の所依経典
七、 朝鮮本『太上玄霊北斗本命延生真経』
八、 『太上玄霊北斗本命延生真経』の伝播
第十六章 朝鮮本『仏説広本太歳経』とその諸本
一、 朝鮮における道教経典の流伝
二、 経巫と経文集
三、 『仏説広本太歳経』の諸本と内容
朝鮮本『仏説広本太歳経』(韓国国立中央図書館所蔵写本)影印
第十七章 朝鮮本『天地八陽神呪経』とその流伝
一、 朝鮮本『天地八陽神呪経』の諸本
二、 朝鮮本『天地八陽神呪経』の刊記
三、 『天地八陽神呪経』の受容相
第十八章 地神盲僧と朝鮮の経巫
一、 地神盲僧とその系譜
二、 地神盲僧の廻檀法要
三、 盲僧の起源伝承と朝鮮
四、 朝鮮の経巫と『地心経』
終 章 ベトナムにおける偽経と善書の流伝――仏道儒三教と民間信仰の交渉をめぐって――
一、 ベトナムとの往還――仏哲・平群広成・阿倍仲麻呂――
二、 ベトナムにおける仏道儒三教と民間信仰
(1)北属期の仏教
(2)独立初期の仏教・道教・儒教
(3)黎朝以後の三教と民間信仰
三、 漢文・字喃仏教文献にみる偽経
四、 道経・勧善書の刊行と玉山祠
「各寺経版玉山善書略抄目録」影印
「高王経註解」影印(一部分)
「玉山祠経書蔵板目録」影印
DAOISM IN JAPAN (Livia Kohn訳)
初出一覧
あとがき――増尾伸一郎さんの道教研究―― (丸山 宏)
索 引
内容説明
【あとがき「増尾伸一郎さんの道教研究」より】(抜粋)
本書は、増尾さんが序章で述べるように、東アジアの日本と朝鮮を中心とする宗教文化の展開過程に占める道教の意義について仏教との重層性に注目しながら考察するものである。増尾さんによれば、古代日本では道士、道観の存在は確認できず、請来された道教経典の数も限られ、道教の体系的伝来はなかった。しかし道教を構成する諸要素は、さまざまな形で受容された。伝来が確実ないくつかの中国撰述仏典について注目し、経名と符を手がかりに『道蔵』にあたり、原拠の道経を見出して、それが符を仏教的に改変し、かつ本文は道経から抜粋したものであることを確認し、また題名の類似する道経を見出して、道経と密接な関連のもとに成立したことを想定できるとする。道教を道教として直接に受容したのではなく、道教的な中国撰述仏典を通じて、古代日本は道教を受容したというのが本書の根幹をなす学説である。道教的な中国撰述仏典は、単純なものではなく、中国において儒仏道三教および民間信仰の交渉が進む過程で、相剋と融合を経て、複数の思想の要素を包摂して撰述されている面があり、中国において経典成立時にその内容はすでに重層性を持っていた。しかもこれらが日本古代の基層信仰とかかわる時にも互いに諸要素を包摂し融合することによって重層性を示しながら独自の展開を見たと論じる。これは、通常の道教研究のように単純に現前に道教として存在する事象を直接に扱うというのでなく、必ずしも道教それ自体として存在してはいないが、確実に道教につながると考えられる事象について、複雑な応用問題を解きほぐそうとするような次元の研究といえるであろう。
本書は、大著であり、内容はきわめて豊富で多岐にわたるが、しかし一貫性がある。道教的色彩の濃厚な中国撰述仏典にかかわる基本問題、すなわち各経典の存在の確認からはじまり、異本間の比較対照、主要内容の提示と特徴の検討、時代性や地域性をともなう儀礼的実践への編入や応用のされ方などの相関する問題について、先行研究や史料を駆使して、一貫して実証的に論じている。増尾さんの視野の広さ、用意の周到さ、探究の情熱を感じ取ることができる。
本書の題名が最終的に『道敎と中國撰述佛典』とされた理由を憶測するなら、日本という語を題名に入れていないのは、日本という近代国民国家的方向性にのみかかわる狭隘な問題を扱っているわけでは全くなく、日本のみならず、敦煌、朝鮮、ベトナムが広域的に問題になるからであろう。また道教という語が、何故に中国撰述仏典という語の前に置かれるのかについては、いくつかの中国撰述仏典は道教を運ぶ容れ物になっているだけであり、そこに盛られている内容の精髄は、仏教というよりは道教である。道教という内容が第一義的に重要であり、仏教はそれを運んできたにすぎないという構図からすれば、道教という語をこそ題名のはじめに置かねばならない。また疑経、偽経、疑偽経典という語は本文中ではかなり自由に用いているが、それらでなくて、中国撰述仏典の語を題名に用いたのは、疑や偽という仏教側の原理的な基準からの価値判断よりも、道教さえ包摂する肯定的積極的な創作の意義を示す撰述という語を選んだ結果と思われる。
本書で想定されている道教とは何であろうか。個別の章を超えて多出する用語に注目してあえて整理すると次のようになるであろう。延年益寿、延寿、長命、延命、消災を主な目的としており、基盤にある思想は、陰陽思想、五行思想、讖緯思想、神仙思想である。北斗、北辰、星宿に対する信仰がある。皇天上帝、三極大君以下、日月神、方角神、時辰神、山神、土地神などの神、およびさまざまな具象性をもった鬼が存在する。人には三魂七魄があるという霊魂観を持つ。これら神、鬼、魂魄は、符、呪、人形という手段を通じて働きかけることができる。官僚的な儒教思想や寺院仏教の高度な教理とは異なり、民衆独自のものとはいえない面もあるが、しかし民衆の志向に即応した内容を持ち、民衆への姿勢が手厚く、とりわけ母性や女性を重視する。以上は羅列的であるが、やや立体的に表現し直せば、これは、人の生命とその維持に対する強い志向や欲望のもとに、人の内外の時空に神、鬼、魂魄を設定して、体系的な宇宙論、世界観、生命観を基盤にしつつ、符、呪、人形を使う術により、神、鬼、魂魄に対して力を行使し、ときに民衆や女性の切実な問題に積極的に配慮し対処しようとする、仕組みであろう。およそこのような仕組みおよびそこに含まれる諸要素が、中国撰述仏典の内部において、仏教色を施された形であるにせよ、明確に述べられている場合があることについて本書では重点的に注目している。ここで注意したいのは、次の二点である。第一に、中国社会にすでに道教はあったけれども、日本に伝来した中国撰述仏典の中に、および古代日本の関連する同時代史料に、道教という語そのものの実際の用例をほぼ見出せないことである。このことは、仏典があえて道教の語を出さないのは当然であるし、また体系としての道教が伝来していない以上、社会的政治的に認められた、実体をともなう現実な制度としての道教がなかったこととも関係するであろう。第二に、上述の仕組みを、かりに道教とは別の伝統、中国文化に通底する世界観や儀礼伝統一般、あるいは単に術数というような概念で捉えてしまうと、古代日本の道教受容は、中国撰述仏典に包摂された道教の要素を受容したのであるという明快な学説を主張しにくいことである。これらの点を考慮してみるなら、上述の仕組みや諸要素を道教という語で名付ける立場を本書は打ち出しているように思う。
Daoism and Buddhist Scriptures Composed in China