目次
1-1 中国知識界は西欧ポストモダニズムをどう見るか
――批判的受容から「日常生活の審美化」まで――
ポストモダニティと中国モダニティ
学術界におけるポストモダニズム研究の諸相
文化理論の浸透と、学術界の脱領域化
日常生活の審美化問題
1-2 ポスト冷戦時期の文化批評
歴史主義から文化批判への転換
北米漢学界の中国文学思想研究について
九十年代における言説の転換
北米における文化批評のテキストについて
第二章 メディア・表象・ジェンダー
2-1 西欧批評論述の中の中国図像――越境する知の表象――
香港の理論研究史
西欧批評論述の中の中国図像
近代化の二つの選択
結語にかえて――オリエンタリズムと表征の政治
2-2 周蕾(チョウ・レイ)研究初探――中国近現代文学研究と文化研究――
後学論争の焦点――エリア・スタディーズと近代文学――
地域研究批判と新歴史主義
国民文化形成における「階級意識」の再検討
「ヴィジュアリティ」と近代中国文学研究
結語――現代文学とエスニシティ――
2-3 現代中国におけるフェミニズムと文化研究――戴錦華を中心として――
文化研究と文学研究
新左派理論とエリート文化
同時代におけるフェミニズムと女性研究者
戴錦華の理論研究
ポスト冷戦時期の文化批評
第三章 モダニズム文学と審美観をめぐる思潮
3-1 張愛玲における審美観――欧亜モダニティをめぐって――
西欧文化と張愛玲――「絵画を語る」――
小説の技法と審美意識
胡蘭成の東方主義
批評の中の張愛玲文学
欧亜モダニティをめぐって
3-2 モダニズム文学と審美観をめぐる思潮
張愛玲文学の歴史的意義
中国現代文学研究の欧米における転換
批評理論と中国当代文化思潮
当代文学史におけるモダニズム文学と審美思潮への傾倒
第四章 「文化転換」と近代の超克
4-1 「文化転換」を超えて――二十一世紀中国におけるフレドリック・ジェイムソン解読――
カルチュラル・ターン「文化(論)的転換」
中国における批評理論発展への複雑な心境――中国解釈の焦慮――
アメリカ文学研究者、趙毅衡の論点
徐賁における解釈
弁証法の詩学――張旭東による文化美学からのジェイムソン解読
理論の逃走線 モダニティと資本の現代叙事
4-2 「近代の超克」をめぐる対話――「後学」論争を超えて――
中国における「後学」
八十年代の文化状況・知識界の動向
「後学」の歴史認識
植民主義とは何か
グローバリズム批判
モダニティと歴史批判について
今後の展開
参考資料篇
第一部 「後学」の文化批評
中国現代文学研究の欧米における転換(劉康)
批評理論と中国当代文化思潮(劉康)
グローバル化と中国現代化の二つの選択(劉康)
「中国」を解釈することの焦慮(張頤武)
再び「中国を解釈する」ことの焦慮について(張頤武)
グローバル化に直面しての挑戦(張頤武)
文化・政治・言語三者の関係についての私見(鄭敏)
第二部 「後学」の政治性と歴史意識を評す
「第三世界批評」の今日中国における苦境(徐賁)
中国の「ポスト新時期文学」とは何か(徐賁)
「後学」の政治性と歴史意識について再び論ず(徐賁)
「後学」と中国の新保守主義(趙毅衡〈完〉)
文化批判とポストモダニズム理論(趙毅衡)
再び政治、理論と中国文学研究について論ずる(張隆渓)
跋
内容説明
【結語より】
九十年代文化批評では、西欧マルクス主義の立場から、李沢厚以来の「審美価値」の視点からの文学テキスト分析、文化美学の課題が呈示されているが、今日思想研究ではリベラリズムの潮流も等閑視するわけにはいかない。二十世紀に於ける美学研究の足跡について触れて、今後の展望を模索してみたい。自由主義美学の先蹤としては、朱光潜に於けるリベラリズムとマルクス主義美学の融合について触れておきたい。朱光潜は京派を代表する文学理論家として、独自の審美的追求を行い、三十年代を彩った美学者として夙に著名である。建国後も西洋美学の碩学として北京大学に奉職し、人道主義思潮が湧きあがった八十年代の、李沢厚による“実践論美学”に到るまで、美学界の論争を先導していった。……
……一九三二年にヨーロッパから帰国して以来、朱光潜はカントとクローチェを基礎として、「直覚」「距離」「移情」などの概念を道具として、文芸と人生の関係を中心とし、自由主義の立場から完成度の高い美学理論を構築した。朱光潜の立場は、形式主義を偏重して、文芸と道徳との関係を否認するものであるが、朱光潜は形式派美学に対して、「審美は人生から独立し得ない。」と指摘し、修正を加えた。審美の独立は西欧では目新しい議論では無いが、朱光潜美学の中国に於ける意義は、率先して審美独立論を購入し、中国文化現代性を賞揚し、審美の独立から文芸の自由を要求した事にある。その思想は、美学、人生観、政治的立場の三つの側面を内包していた。マルクス主義美学の受容を通して、朱光潜は尚も一貫して審美と文芸の特殊性、創作と鑑賞に於ける主観能動性を擁護し、六十年代には実践論を根拠に芸術と生産労働を関係づけ、中国美学を受動的反映論の制約から脱却させた。このため中国のマルクス主義美学は相当な理論的活力と、創新の品格と学術性を具えることになる。彼自身は、カント・クローチェ美学の狭隘な空間から脱却し、朱光潜の後期美学における審美と芸術の経験・心理に対してその歴史的形成と曲折的な発展を遡及し、「ポストカント」の美学理論を構築するに至る。彼自身が意識せずとも、二十世紀美学の重用な趨勢として、審美の独立、モダニティ構築のための芸術の自律が、市場原理に基づく新興資産階級の虚構のイデオロギーであることを認識することであった。…………最後にこの論著の構想の契機となった汪暉・余国良編『九十年代「後学」論争』に収められた批評論文
を資料として、呈示したい。汪暉の言うように、今日から九十年代を顧みれば、中国文化批評は、既に「真実の、そして虚構の「解釋の焦慮」」からは脱却している。『九十年代「後学」論争』では、文化批評のみならず、「後学」の政治性と歴史意識、先鋒文学の問題などが包括的に論じられている。本編は更に九十年代の代表的な批評論著、学術論著を精査し、テキストとの対話を通して九十年代思想界の一つの構図を呈示し、「モダニティ」探索の歴程を審視すると同時に、今後は、その将来像を模索してみたい。