内容説明
【主要目次】
序 章
第一章 武訓と武訓伝――評価の変遷をめぐって――
第二章 陳嘉庚の興学と愛国
第三章 黄炎培と職業教育の展開
第四章 兪子夷と新教育運動
第五章 雷沛鴻と広西教育
第六章 舒新城の教育実践と教育史研究
第七章 陸費逵の教育救国と教科書革命
第八章 徐特立の教育思想と実践
第九章 陶行知の人口論
第一〇章 方与厳の教育思想と実践
第一一章 劉季平の教育思想と実践
第一二章 張健と現代中国の教育
第一三章 蔣夢麟の教育思想と実践――海峡両岸での活躍――
第一四章 周谷城の教育思想と時代思潮
終 章
あとがき/中文目録/索引(人名・事項)
【序章より】(抜粋)
中国近現代教育史における「教育救国」という思想は、「教育万能をあい信じ、ただ教育を発展させれば、人民を愚から智に、国家を弱から強に転じさせる」ことができるとする思想であるが、中国での研究をふまえた『教育大辞典』では、とくに「中国が封建社会から半植民地半封建社会へと転化する時期に生まれた一部の地主階級改良派は、洋務派や資産階級維新派の唱道によって、教育の発展を進めるのに一定の作用を果たした」と中国共産党成立以前の教育救国論者の活動に一定の評価を与えている。しかし「新民主主義革命の時期においては、「教育救国」論のいくらかのグループは政治的に分化し、ある者は中国共産党の影響を受けて、革命的な民主派となり、ある者はひき続いてその誤った主張をおし進めて、革命の発展に一定の阻害作用を起こした」と「革命」への対処の仕方で正否を論じてきた。
『中国教育思想史』シリーズでも、こうした視点から貧しく遅れた国家において教育の発展と人材育成を通じて最終的に富強の目標を達成しようとした教育救国論は、正しく積極的な一面を持っているが、その主張が抗日戦争中も高唱されたことは消極的で正しくない、という結論になっている。
これとほぼ同時期に江寧教育出版社から刊行された教育思想研究シリーズに載せられた戴逸の「序言」は、近代における「教育救国論者」たちは「革命を経ずに単純に教育手段によって旧中国を改造しようとしたが、実際に相応しくない幻想」と断じつつも、かれらの教育事業への貢献、伝統文化の中の優秀な遺産の継承と称揚、欧米の科学技術・民主思想・公民意識の紹介、民族の文化素質の向上、革命と建設の人材養成などの功績を埋没させることはできない、と主張している。
本書において詳しく論じることになるが、中華人民共和国成立直後の映画《武訓伝》批判運動に始まり、反右派闘争が盛り上がった一九五〇年代後半の陶行知教育思想批判運動から文化大革命期にかけて、毛沢東思想の許容する範囲内での革命的な教育思想しか是認されない時代が続いた。文革の終了によって教育思想の展開や発展という面では一つの方向性しか許されなかった時代が終わり、鄧小平の改革開放の時代となって以降、多様な教育思想が復活する可能性が生まれてきた。建国から文革期まで批判の対象となり、表舞台に出ることがなかった陶行知・晏陽初・梁漱溟ら教育家たちの再評価と全集・文集などの発行や個別研究がおこなわれ始めたのが、一九八〇年代から九〇年代にかけてである。戴逸の「序言」は、こうした時代の変化を受けて、全面的に否定されてきたかに見える教育救国論に、部分的にせよ評価を与えようとした内容と受け取ることができる。教育救国論の評価は、二〇世紀末から二一世紀にかけて、さらなる変化を見せることになる。
本書は、この教育救国論をキーワードとして、中国近現代の教育界をさまざまな形で支えてきた教育家たちの思想や実践を追い、かれらの果たしてきた役割を、中国近現代教育史の流れの中に位置づけることを目標としている。