内容説明
【前書き】より(一部略) 「道家思相」とは、主に中国古代の荘子・老子・淮南子、劉安、及びその周辺の思想家たちによって唱えられた諸思想を指している。この思想は、戦国時代に誕生して以来、その後、近現代に至るまで、中国の人々・社会・文化にとって極めて重要な思想の一つであったし、また現在もそうであり続けている。いや、単に中国だけにとどまらず、日本・朝鮮・ベトナムを含む東アジアの諸地域の人々・社会・文化にとっても、事情はほぼ同じであろう。本書は、『荘子』と『老子』『淮南子』を中心とする中国の道家思想を取り上げて、その内容を多方面から立体的に解明しようとしたものである。
道家思想に限らず儒教や仏教などでもみな同じであるが、およそ思想というものは歴史的な形成物である。すなわち、歴史的社会的な現実が解決を要求する諸問題に、それに対する先行の諸思想の解決力量に満足せず、答えようとして形成されるものである。したがって、その内容を正しく理解しその意義を正しく評価するためには、このような二重の意味での歴史性――思想がいかなる現実の諸課題の解決を目指して、いかなる先行諸思想の乗り越えを意図していたかという問題――への配慮が必要不可欠であろう。それ故、本書では道家思想がいかなる本質を有しているかをスタティックに論ずるのではなく、第一に、可能な限りこの思想を歴史的な社会との関わりの中に置いて解明しようと努めた。
第二に、主に戦国時代中期(前三〇〇年ごろ)におけるその誕生から、前漢時代、武帝期(前一四〇~前八七年)の儒教による国教統一の開始に至るまでの――またテーマによっては後漢時代(紀元二五年~二二〇年)や魏晋南北朝時代(二二〇年~五八九年)に至るまでの――、この思想の歴史的な展開を、できる限り思想史内在的に跡づけようと努めた。そして、本書で解明した時代の道家思想を、筆者は便宜上これを初期・中期・後期の三つに時代区分して考えている。初期道家 戦国時代の中期~末期 中期道家 戦国時代の末期~前漢時代の初期 後期道家 前漢時代の初期~武帝期 である。第二のような取り扱いが必要であるのは、同じく道家思想と言っても時代の相異によりその内容はまことに千差万別だからである。…以上のような歴史性を配慮した解明を通じて、かえって道家思想の時代を越えた真実の姿も開示されるのではないかと、筆者は期待している。
【内容目次】
前書き・凡例・主要引用文献底本一覧
第1章 最初の道家の思想家たち――老子・荘子・劉安――
多くの矛盾を含む『史記』老子列伝/前漢初期に作られた老子の
イメージ/老子の祖述者とされた荘子
荘子に関する真実とフィクション/荘子の先輩としての惠子/
済済たる道家の思想家たち
第2章 道家の諸テキストの編纂――『荘子』『老子』『淮南子』
『荘子』の十餘萬言本/『荘子』の五十二篇本・二十七篇本・
三十三篇本/『荘子』の内篇・外篇・雑篇
戦国末期に編纂された『老子』/馬王堆帛書『老子』の出土/
郭店楚簡『老子』の新たな登場/武帝期初年における『淮南子』
の編纂
第3章 「黄老」から「老荘」を経て「道家」へ
戦国末期に始まる「黄老」/「黄帝」と「老子」の結合/
淮南国における「老荘」/「黄帝」を批判する
「道家」/司馬談に始まる「道家」
第4章 道家の先駆者たち
道家の誕生とその背景/学派としての道家/道家の先駆者たち
第5章 「萬物齊同」の哲学
疎外された人間の姿/感情判断・価値判断・事実判断の撥無/
古代ギリシア哲学の「すべては一つ」/存在判断の撥無/
「萬物齊同」の哲学に対する非難
第6章 「道」の形而上学
二つの世界の理論――「道」と「萬物」/「物物者非物」という
テーゼ/『易傳』の道器論/『老子』の
道器論
第7章 「物化」・転生・輪廻の思想
古代ギリシア哲学の転生・輪廻/「物化」と夢の体験/「物化」・
転生と「陰陽」二気/「物化」・転生・
輪廻思想に対する誤解/輪廻とその楽しみ/転生・輪廻する
「萬物」と窮極的根源者の「道」
第8章 「萬物一體」の思想
「萬物齊同」と「萬物一體」/「気」の理論に基づく「萬物一體」/
「天地」における「萬物一體」/価
値の優劣を否認する「萬物一體」/宇宙生成論――もう一つの
「道」と「萬物」
第9章 天人関係論――「天」の立場と「仁孝」の否定
殷周より戦国道家までの「天」の思想史/「荘子蔽於天、
而不知人。」/「仁孝」の否定/「仁孝」の復権
第10章 「養生」の説と「遊」の思想
「養生」と「養性」/「不失性命之情」という理想/身体と精神の
二元論より「気」の一元論へ/世界の上に飛翔する「遊」
第11章 三種類の政治思想――政治の拒否、ユートピア、中央集権
政治に対する原理的な拒否/道家のユートピア思想と荀子学派の
「礼」/「大同」のユートピア思想と退
歩史観/黄老思想の中央集権的な政治思想/
中央集権的な政治思想の代表例
第12章 聖人の「無為」と萬物の「自然」
中国古代の「天」の思想史の構想/「無為而無不為」というテーゼ/
「自然」という言葉の出現/『老子』
の「無為」と「自然」/道家思想の危機と「道」の形而下化/
「自然」思想史の素描
第13章 「無知」「不言」の提唱と弁証法的な論理
「無知之知」の提唱/「不言之言」の提唱/「知」「言」の復権
――「寓言」「重言」「卮言」/弁証法的な論理――否定による超出
第14章 諸子百家への批判と諸思想統一の構想
諸子百家相互の批判/道家の諸子百家に対する批判と自己批判/
道家の諸子百家に対する否定と肯定/
道家による諸思想統一の構想/『漢書』芸文志と諸思想統一の
構想の終焉
第15章 日本における林希逸『荘子鬳齋口義』
初めて林希逸『荘子鬳齋口義』を読んだ惟肖得巖/林羅山における
朱子学と『三子鬳齋口義』/林希逸の人物と思想/江戸時代における
林希逸『荘子鬳齋口義』の盛衰
附録1 郭店楚簡『老子』諸章の上段・中段・下段――『老子』の
テキスト形成史の探究
始めに/上段を欠く諸章の検討/中段を欠く諸章の検討/
下段を欠く諸章の検討/終りに
附録2 『老子』に現れる二種類の「孝」――郭店楚簡『語叢』の
「孝」との関連において
始めに――『老子』に現れる二種類の「孝」/『荘子』における
「孝」の肯定と否定/『老子』諸本における「孝」の否定/
『老子』諸本における「孝」の肯定/郭店楚簡『語叢』に現れる
「孝」/終りに――
中国思想史における二種類の「孝」 後書き・索引