目次
朝鮮陽明学研究の現在と江華学派研究/朝鮮における陸王学の伝来/陽明学を取り巻く思想的状況/
江華学派/星湖学派/江華学派と星湖学派の交錯/附論 北学派と星湖学派の交錯/陽明学信奉の韜
晦・隠蔽/近代期の陽明学――朴殷植と鄭寅普
第一部 初期江華学派の研究
第一章 霞谷鄭斉斗
鄭斉斗とその時代/陽明学の信奉/李廷樸による弾劾事件/鄭斉斗の朱王観/鄭斉斗における陽明学
理解/鄭斉斗の『大学』解釈/朱王両可の立場
第二章 恒斎李匡臣
鄭斉斗との出会い/鄭斉斗遺稿の整理をめぐって/李匡臣における陽明学理解/李匡臣における朱王
論――霞谷学の継承――/朱王両可の立場
第三章 圓嶠李匡師
李匡師関連一次資料について/問題の所在――鄭寅普の論定――/李匡師と鄭斉斗/李匡師の格物致
知解釈/李匡師と李令翊・李忠翊/鄭寅普の論定をめぐって
第四章 信斎李令翊と椒園李忠翊
李令翊・李忠翊と鄭斉斗家/羅州掛書事件/「従祖兄信斎先生家伝」の分析/『信斎集』所収李忠翊宛
書翰の分析/李令翊の陽明学観と仏教観/鄭寅普による論定の吟味
第五章 樗村沈錥
沈錥の略歴/沈錥と鄭斉斗/霞谷学及び陸王学に対する沈錥の評価/朱子学の尊崇
附説――沈錥・李震炳と尹拯――
第六章 白下尹淳
尹淳の対清観/鄭斉斗と尹淳/書芸家としての尹淳
第七章 鄭斉斗の後裔たち
鄭厚一/鄭志尹/鄭述仁/鄭文升/鄭箕錫/鄭啓燮
第八章 附論 朝鮮における李贄思想の伝来
金中清/許 筠
第二部 江華学派をめぐる時代情況
第九章 朝鮮朝時代の科挙と朱子学
教育課程における朱子学の位置づけ/朝鮮朝時代科挙制度の概要/『司馬榜目』を通して見た朝鮮朝時
代の科挙と朱子学/正祖『弘斎全書』所収の策問
第十章 王守仁の文廟従祀問題をめぐって――中国と朝鮮における異学観の比較――
中国における王守仁の文廟従祀論(1)万暦以前/中国における王守仁の文廟従祀論(2)万暦以降/
朝鮮における王守仁の文廟従祀論
第十一章 景宗期の政局と党争――峻少・緩少の分派問題を中心に――
景宗~英祖期政治動向の概観/辛壬士禍/少論における峻少緩少の分派/英祖朝の党論/江華学派と党
禍・党論
第十二章 附論『景宗実録』と『景宗修正実録』
両『実録』編纂の経緯/『景宗実録』の党論/『景宗修正実録』の党論
第十三章 江華学派と党派党争――沈錥周辺の人物を中心に――
景宗~英祖朝の政治動向と峻少・緩少の分派/沈錥周辺人物と党論・党禍
終章 陽明後学における朱王両可をめぐって
系 図・引用文献一覧・後 記・索 引
内容説明
【序章 朝鮮陽明学の特質について】より
本書は朝鮮における陽明学受容をめぐる諸問題を、初期江華学派に関する研究を中心として、総合的に解明することを目的とするものである。朝鮮における陽明学の伝来は王守仁(一四七二~一五二八)の生前、一五二一年である。従って朝鮮陽明学の歴史は中国のそれに匹敵する長さを有することになる。しかしながら本格的かつ体系的な陽明学受容は、陽明学伝来から百年以上の後、鄭斉斗(号霞谷、一六四九~一七三六)の出現を待たねばならなかった。鄭斉斗はその晩年、江華島に隠棲したため、鄭斉斗に始まる学統を江華学派、また鄭斉斗の学術をその号に因んで霞谷学と称する。江華学派は血統と学統の両者が結びつく形で、近代期に至るまで連綿と存続した。朝鮮における陽明学受容の問題を考察する上で、江華学派が避けて通ることのできない極めて重要な存在であることは、論を俟たない。しかしながら江華学派における陽明学や霞谷学の受容の実態は、なお解明の途上にある。
本書は、序章、第一部(第一章~第七章)、第二部(第八章~第十三章)、終章から成る。序章は朝鮮陽明学の諸特質を包括的に概観するものである。第一部は、鄭斉斗及び初期江華学派中の主要人物、鄭斉斗の後裔を取り上げ、各人物の基本的事績を整理するとともに、その陽明学・霞谷学の受容あるいは非受容の実態等を検証するものである。第二部は、初期江華学派をめぐる時代状況の諸相を、文化・社会・思想・政治等の各方面にわたって検証するものである。終章は、初期江華学派における陽明学受容の特質にも関わる朱王両可の問題を、中国近世思想史の動向を視野に入れつつ考察するものである。